天使に逢えた日
あれ。 香夏子サン、まだほとんど片付いてないみたいやけど」


開けたままだったドアから積みあがったダンボールが見えたのだろう。「昨日の今朝よ?そんな直ぐには片付けば苦労はしないわ」と言ってる私の横をすっと通り抜けて行った彼はリビングの真ん中で微笑んでいた。



ちょっとちょっと。まだ入っていいとは言ってないのに。もぅ!と短く溜息をついて彼の後を追った。



「俺、手伝いますよ?」



彼の中でどういう基準があるのかは解らないけれど香夏子サンと呼んで親しげに振舞うわりに私に対する言葉遣いは丁寧語のままだ。仕事を間に挟んだオフィシャルな関係だから当然といえば当然だし、またそうしてもらわなければ私が職場で困るのは必定。だからありがたいと言えばそうなんだけれど・・・
何となく寂しい気もするのはどうしてだろう。プライベートな時くらいはもっとラフに接してもらっても構わないのに。



「香夏子サン?」



ああ、そうだった。片付けを手伝ってくれるって言ったっけ。



「勝手に入らないで」と文句の一つも言ってやろうと思ったのは、この何とも魅力的な申し出に免じて忘れる事にした。天の助け!と思えるほどありがたい。でも同時にそれはどうよ?という思いがぐるぐる回る。いくらアシスタントとはいえ、ここは会社じゃない。日曜日ともなればデートの約束の一つもあったって不思議じゃない。



「嬉しいけど・・・やっぱりいいわ。折角のお休みに申し訳ないから」

「別にコレといって予定もないし構いませんよ?細々したモンは後でもいいけど
大きなモンは早く片づけたほうがええと思いますけど?」



そう言って彼が転がったままのドライバーを拾い上げて差したのは奥の部屋にある、資材置き場の材木みたいに
バラバラになったままのベッドだった。



玄関からリビングまでの短い距離を歩きながらはじき出すプラスマイナス。
視界に入るのは組み立て途中のベッドに梱包されたままのシェルフ。配線しなきゃならないTVやオーディオ、DVD、etc・・・ ううう。これを一人で全部?と思うだけでゲンナリする。


背に腹は代えられぬ、と私は立ち止まって彼に視線を合わせた。



「手伝ってもらってもいいの?」



決して職権乱用じゃないからね。これは阿達クンから申し出てくれた事よ、と心の中で呟いた。



「ええよ。それに 香夏子サン、こういうのダメやったんと違います?」


< 10 / 12 >

この作品をシェア

pagetop