結婚式まで、あと……~社長目線~(仮)

結納の儀


 結納の日にちの調節に時間がかかると思っていたが、予想以上に母親が融通をきかせてくれたため、あっさり決まった。
 
あんなに睨みきかして、吐き捨てるようにしていたのが嘘のようである。

 心の準備ができたのか……そういうことにしておこう。

 結納の形も正式結納にするものだと何となく思っていたが、

「仲人がいないのにどうやってするのよ?」

と、切り捨てられ、略式の食事会風にしてくれるようだ。まあ、仲人が両家を往復するような格式ばった形にするとお前に負担がかかりそうで嫌だったのは確かだが。

「船場吉兆でいいんじゃない?」

 俺の想像通り、母親も提案する。それにあそこならお前が行き慣れているし、安心もできる。

 一応仲人代わりの進行役を鴨井に任せることにし、俺と母親は、当日、鴨井が運転するセンチュリーに乗って午前10時50分頃店に着いた。

 母親が嫌味なことを言わないかと心配だが、それでも今日は堪えて俺がフォローしないと、と思うと緊張もするし、早くも疲れてくる。

 お前が予約してくれていた最上の部屋には既にお前の父親、母親が到着していた。軽く挨拶を交わし、自己紹介を済ませるなか、まさか、和装で来るなど一言も漏らしていなかったお前の姿に、俺は見惚れた。

 俺の前にテーブルを挟んで対面しているお前は、終始うつむき加減で、こちらを見ようともしない。

 だがそれが逆に、お前の顔を隅々まで見つめるのには好都合だった。

 俺の隣には少し離れて母親が座り、その前にはお前の父親と母親が正座している。

 テーブルの隅にいた鴨井は軽く自己紹介を兼ねて、

「これより、結納の儀をとり行わせて頂きます」と、進行を始めた。

 すぐに用意していた、金包、ながのしなど9品目を白木台に乗せた結納品をお前の前に丁寧に差し出してくれる。

 俺は自信満々でお前の表情を伺いながら、

「本日は私達のために、このような席を設けていただいてありがとうございました。

今日婚約できましたのは、ご両親のお陰と心より感謝しております。

幸せな家庭を築いていきますので、今後ともよろしくお願い致します。

それでは結納の品でございます。幾久しく、お納め下さい」。
 
お前は慣れない声で、

「結構な品をありがとうございます。幾久しくお受けいたします」

 緊張しているのか、目録に目を通してはいるが、どれほども読めていないのが分かる。

 次に父親に手渡す動きも不自然だし、なかなか普段通りにはいかないようだ。

 父親、母親が順に目を通した後、父親が

「ご結納の品々目録の通り相違ございません。誠に丁寧なお言葉を賜りありがとうございました。

なお、結構な品々、またお土産も頂戴いたしまして厚く御礼申し上げ幾久しくお受け致します。何もございませんが後程ご一献差し上げますので、ごゆっくりお過ごし下さい」

と、咳払いをしながらも、笑顔で伝えてくれる。俺はそれに素直に笑顔で答えた。

「こちらが受書になります。どうぞお納めください」

 結納を受け取ったしるしに母親は、同じ白木台に最初から乗っていた受書を俺に受書を渡そうと手を伸ばした。

「ありがとうございます」

まず俺が内容を確認し、隣の母親に受書を手渡して確認させた。

母親は難しい顔をしているが、緊張しているわけではなく、単に退屈そうだった。これで最後に俺が一言締めくくる予定だったが、突然母親は顔を上げて口を開いた。

「無事、結納をお納めすることができました。ありがとうございます」

隣で頭を深く下げる母親を俺は黙って見つめることしかできない。

「今般、お宅様のお嬢様と私共の長男との婚約には早速ご了承を頂きまして、ありがとうございました。何分、小さな時に父親を亡くし、母親1人で育ててきたものですから、いたらぬ点が多々あるかと存じますが、なにとぞ今後ともよろしくお願いいたします。

本日は心ばかりの印ですが、結納の品をお届けさせていただきました。

鴨井も、ありがとう」

鴨井は小さく頷くだけだが、その、締まった唇が、何よりも喜んでいる証拠だ。それに、そんな嬉しそうな鴨井の顔を見たことは、今まで一度もない。

俺は、この時初めて、母親の偉大さを知った気がする。

俺はこの時初めて、この母親の下に生まれて来て、父親がいなくてもそして、今まで生きて来て良かったと心から感謝した。
< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop