金色の陽と透き通った青空
第6話 謎の真相...あの日の記憶 その1
 智弘は、『家族が居ない』と言う杏樹のメールが気になって、杏樹の身辺の事や家族の事など色々調査してみた。そして、調査結果を見て、驚愕した。

 海藤リゾートの正当な後継者は、杏樹ただ1人。

 杏樹の実の父親である、海藤敬博(かいとう たかひろ)氏は、海藤リゾートの創業者で非常に優秀な人で、敬博氏が社長の頃は環境保全にも力を注ぎ、企業家としても有能で様々なアイデアを生み出し、優良企業で内外からも評価され、会社もぐんぐん成長してあっという間にリゾート業界トップにのし上がった。

 ところが杏樹が短大2年の時に、自動車事故で急逝。自家用車で仕事先に移動中、運転手のミスによる単独事故で帰らぬ人となった。

 杏樹の母は、急遽、海藤リゾートの社長に就任したが、元々家庭の主婦として長年家庭を守ってきた人で、会社については全くの素人で知識も能力も無く、誰が見ても無謀な事だった。
 そんな時に杏樹の母に接近してきたのが、あまりいい噂の無い成り上がり企業 ”双葉リゾート” の社長、“双葉隆也(ふたば たかや)”、現・海藤隆也だった。

 杏樹の母はなんとしても夫の会社と社員達を守りたいとの一心で、双葉隆也と結婚、双葉隆也は海藤姓を名乗り、海藤隆也となった。そして杏樹の義理の父親となり、海藤リゾートの会長に就任した。
 海藤隆也は独身だったが、愛人の生んだ息子雅也がいた。
 雅也は杏樹よりも6歳年上で、大した学も無く、放蕩息子として有名だった。その息子を海藤家の子として養子縁組みさせ、社長に就任させた。

 それから間もなく杏樹の母は、謎の死をとげている。
 朝、女中が杏樹の母の部屋に行ったら、突然死していたらしい。

 表向きの病名は”虚血性心疾患”とされているが、海藤隆也が汚い手を使って殺害したとか、海藤隆也の本当の姿を知って、会社を乗っ取られて悲観して自殺したとか……。様々な黒い噂が流れている。
 杏樹は母が亡くなってからすぐに家を出て、高校時代からの親しい友人のマンションに、ルームメイトと言う形で智弘と結婚するまでずっとそこで暮らしていた。

 智弘と結婚するまで、杏樹は男性を知らない清らかな娘だったから、間違いは起きてはいなかった様だが、情報では、女性関係にもだらしない雅也が、杏樹の事を気に入り自分の物にしようと事件が起きて、杏樹が家を飛び出して友達の家に身を寄せていたらしい。

 この情報を、玖鳳グループの総帥でもある会長、玖鳳翔馬が知らないはずは無い。

 恐らく、杏樹が海藤リゾートの正当な後継者であること、そして、海藤リゾートに乗り込んできた、隆也と雅也親子の描いた黒いシナリオはすでに感づいていて、騙されたふりを装って、海藤親子を失脚させ、海藤リゾートを手中に収める……。会長の描いたシナリオは、杏樹と結婚する以前から出来上がっていて、ただそれを実行したまでなのだと今頃になって気がついた。
 海藤リゾートを手に入れたら、俺と杏樹を離縁させ、杏樹を追い出すシナリオも出来上がっていたのだろうか……。
 もしそうだとしたら、血の繋がった祖父だとしても許せない気持ちになった。
 まるで将棋の駒のように、孫の結婚まで自分の思う様に……。なんて冷酷な人なんだ……。

 * * * * * 

 杏樹は”フールさん”宛てのメールに『家族が居ない』とつい自分の事を書いて送ってしまってから、ちょっと後悔した。

「素性もよく知らない人なのに……。うっかり心を開きすぎてしまったわ……」

 そしてあの時の事が、蘇ってきた。

 ――事故で突然父が亡くなったのは、短大2年の間もなくクリスマスという頃だった。

 街中にはクリスマスソングが流れ、町ゆく人々は、慌ただしそうな、それでいてちょっと幸せそうな雰囲気が漂っていた。
 高速で取引先に向う途中、路面が凍結してて、車がスリップ……。父の乗っていた車は堅牢な外車のリムジンだったが、運転手と共に帰らぬ人となった。

 ずっと専業主婦として家庭を守ってきた母が、父の代理として社長就任したが、会社の業務については全くの素人……。それは無謀な事だった……。
 あちこち歪みはすぐ起き始めて、社内は混乱……。何とか杏樹が短大を卒業してすぐぐらいに、言葉巧みに母に接近してきた、同業者の社長、双葉隆也と再婚した。
 お嬢様育ちの美しく上品な優しい母に似つかわない、粗野で乱暴で下品で腹の中に黒い物を潜ませているような男……。
 杏樹は鳥肌が立つぐらい嫌いだった……。
 真っ直ぐで思いやりに溢れ優しく、学も教養も高く、品格もあり立派な父とはまるで正反対のような男……。こんな人、父だなんて認めない!!
 更に最悪だったのは、その息子……。
 頭も悪く、品格も無く、杏樹の事を舐め回すようなねっとりとした視線で見つめてきてゾッとした。

 あの親子が海藤家に入り込んできてから、会社はどんどんと傾いて来てしまった……。
 企業家としてはやってはならない卑劣な事に平気で手を染め、海藤リゾートの優良企業としての信頼は失墜し、結局会社を乗っ取られてしまって、財産もどんどんと食い潰されて行き……。

 その頃、不眠症で精神を病んでしまっていた母は、ある日睡眠薬を大量摂取して、自ら死を選んでしまった……。

 母親が病んできている事は気がついていた……。もっと私が気をつけてあげてたら……。

 母親を守る事も出来ず、守られてばかりだった……世間知らずで非力な私……。独りぼっちになってしまった……。

 義理の兄になった雅也の視線は、更に気味悪い程、杏樹を追い掛け回し、身の危険をいつも感じるようになった。用心の為にいつも部屋には鍵をかけ、あの男と2人っきりにならないようにいつも気をつけた。

 だがある日の夜、自分の部屋で寝ていた時悲劇が起こった……。
 あの男がどういう手を使ったのかは分らないが、鍵を壊して杏樹の部屋に忍び込んできたのだ……。あの恐怖は絶対に忘れる事が出来ないと思った。
 万が一の為に枕の下に”唐辛子スプレー”を忍ばせていたので何とか逃げ出す事が出来たが……。
 逃げ出す為の準備は前もって用意しておいたので、まとめておいた荷物を持って、すぐに友人のマンションに逃げ込んだ。

 その後、秘書を通じて義理の父から結婚の話しが舞い込んで来た。
 日本を代表する大手企業、玖鳳グループの若社長”玖鳳智弘”との結婚……。年は杏樹より5歳年上の26歳。
 写真付きのお見合いの資料を秘書から手渡されて、学歴を見て非常に優秀で驚いた。そして育ちの良さを感じる上品な美しい面立ち……。完璧を絵に描いたような人だった……。

 あの薄気味悪い義理の兄に汚されるのなら、この人の妻になった方がどれだけ幸せか……。
 それに政略結婚だとしても、心を込めてこの人に尽くせばきっと心も通じ合える事が出来るはず……。
 この人と結婚して、一生懸命努力して、幸せになろう。自分の家族を作ろう。温かい家庭を……。

 杏樹は決心した。

(第7話に続く)

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