金色の陽と透き通った青空
第7話 崩壊...あの日の記憶 その2
 玖鳳智弘という人は、写真で見るよりも実物の方が数倍も素敵な人だった。その場に居るだけで、背中からキラキラと後光が差すような、強烈なオーラを持ってる人だった。

 こんな大手企業の、いずれトップとなる人……。結婚の話しも引く手あまただろう……。なのになんで私に白羽の矢が当ったのだろう……。不思議だった……。
 こんなに素晴らしい人なら、もっと条件のいい女性を選びそう……。断られるだろうと思った。だから結婚が決まった時には信じられないような気持ちだった……。

 あまり口数の多い人ではなかったし、何を考えているのかも分らない所はあった。結婚が決まった時には、私のどこが良かったのだろうと真剣に考えてしまった。

 智弘さんの笑った顔は見た事が無かった。大体いつも無表情で、遠い目をしていた。それに何処か冷たそうな感じがした。

 でも……。自分には選り好みしている時間は無かった。

 あの薄気味悪い義理の兄の手の届かない所に逃げたかった……。
 本当にあの日の夜の事は恐ろしく、吐き気を感じるぐらい気持ち悪く不快な記憶だった。もしあの時、逃げる事が出来なかったら私は死んでいただろう……。

 義理の父に乗っ取られた海藤リゾートにも未練は無かった。あれはもう父の会社じゃない!!

 あの親子と同じ姓を名乗っている事も嫌だった。結婚して玖鳳杏樹として生まれ変わって、幸せになろう……。
 努力すれば……。きっと報われて幸せになれるはず……。

 ――そう思っていたのに……。結婚してすぐに、甘い考えだった事が分った……。

 特に会話も無く、殆ど家に帰って来ない夫……。
 ただ自分の子孫を...玖鳳家の後継者を残す為の、道具なんだ……。

 ――だけど……。それでも……。子供が出来たら少しは変わってくれるかもしれない……。
 微かな期待を胸に耐えてきた。

 ――そんなある日、あの義理の父と義理の兄がとんでもない不祥事を起した。
 玖鳳グループの乗っ取りを考えていたなんて……。
 それに、法を犯す様な事に手を染めていたなんて……。

 海藤リゾートは玖鳳グループに吸収合併されてしまった……。

 ――そして突きつけられた離婚届……。
 夫であった智弘さんとは最後に会話を交わす事も無しに、秘書が持ってきた離婚届に署名捺印。マンションは数日中に出ていくように言われた。私には何も無くなってしまったと思った……。
 心の中には絶望しか無かった……。

 ――ああ……。もういいかな……。父と母の所に行こうと思った……。

 離婚届を書いて、秘書に渡したその日の夜。
 気持ちを静める為に、普段飲まないブランデーを一口飲んだ。パジャマに着替えて、ベッドに横たわり、ナイフを持ってその手に力を込めた……。
 ビリリと左手首に痛みが走って、生温い物がパジャマや寝具に染みていくのが分った。

 ――このまま寝てしまおう……。寝てしまったら、明日には父と母に会えてるはず……。
 恐ろしかったけれど、目をつぶって、心を無にした……。


 * * * * *


 朝、窓から射し込む暖かい陽の光が顔に当たり、気がついた……。
 昨日カーテンを閉め忘れて、ベッドに入ってしまったのだ。

 起き上がって驚愕した。パジャマも寝具も血で真っ赤に染まっていた。

 ――でも、私は生きている!!

 結構出血したのだと思う……。ちょっと頭がフラフラするけれど、命に別状は無い感じだった。

 傷口の血は殆ど止まっている感じだった。タオルでグルグル巻きにして、傷口を押さえてから、着替えて、寝具も引きはがし、血で汚れた物は全てゴミ袋に入れ口を縛った。

 ――それから窓を開けて空を見上げた……。

 珍しく雲ひとつ無い澄んだ青空……。あまりにも美しくて、見とれてしまった。
 金色に輝く太陽が眩しかった……。
 目をつぶって、太陽の光を浴びた……。

「あたたかい……」

 ポツリと呟いた……。ああ……なんて温かくて気持ちがいいんだろう……。
 深呼吸したら、おひさまの香りがした感じがした。

 あの澄んだ青空と、金色の太陽を見ていたら、幸せな気持ちになった。幸せだなと感じてる自分がいる……。
 私の命を救ってくれたのは、お父さんとお母さんじゃなかったのだろうか?

「杏樹……何やってるんだ!! そんな事しちゃ駄目だぞ!! 頑張って生きなくちゃ!!」
「そうよ……。父さんと母さんが、あなたの事を見守ってるから……。大丈夫!! あなたは幸せになれるから、諦めないで!!」

 あの澄んだ青空はお父さん……。
 あの金色の太陽はお母さん……。

「お父さん、お母さん...ごめんなさい。私...もう大丈夫!!」

 一生懸命生きようと思った。自分は何か努力しただろうか……。
 何もしないで流されてばかりだった……。
 まだ何も始めてないのに、その前から駄目だと決めつけて諦めて……愚かだった……。

 ふと、昔、私が酷く気に入って、父がプレゼントしてくれた軽井沢の森に囲まれたガーデンハウスの事を思い出した。そして父の言葉を思い出した。

「お前が本当に困った時、これを使いなさい!!」

 そう言って父から手渡された鍵……。それは貸し金庫の鍵だった……。すっかり忘れていた……。そうだこれがあったんだ!!
 私名義の通帳や、あの土地の権利書など、困らないように色々杏樹名義に残してくれた物。

  ――ふと父の声が聞えた感じがした。

「お前に出来る得意な物があるだろう……」

 私に出来る事……。何の役に立つのか分らないまま好きで、趣味で習った製菓学校……洋裁学校……。その他習い事オタクで色々な事を習った。

「出来る!! 私にも出来るわ!!」

 杏樹は病院に行き傷口を縫合してもらい、一応2日間だけ入院を勧められ入院。
 退院後そのまま軽井沢に向った……。

(第8話に続く)
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