黒雪中花 -Narcisse Noir-

なくした手袋




私がこの会社に入れたのはまさに奇跡でございます。


この不景気のさなか、


何のとりえもなく、見た目も美しいわけでもなし、引っ込み思案で何かとつけてドジな私が、この程々に名の知れた会社に就職できたことに


「ここで一生の運を使い果たした」と思っておりました。


しかし実際のところ、私は運を使い果たしてなどはおりませんでした。


考えてみてください。


人間の寿命なんて約八十年もあるんですよ。


八十年間の運をまだ四分の一程度生きてきたぐらいで「使い果たした」など大げさにも程がありますよね。


入社したての頃、私がこのような考えを浮かべていたことをあなたが知ると、


あなたはきっと笑うでしょうね。






無邪気な少年の―――太陽のような笑顔で。






「今日から君に仕事を教える鷺澤です。よろしく」


あなたは爽やかに笑って挨拶をしてくれました。


「こ、こちらこそ!宜しくお願いします」


二ヶ月の新人研修を終えたあと、配属された総務第一課の…「主任」と言う入社したての私からしたらまるで雲の上のような肩書きでいらっしゃったあなた。


今まで女子高、女子大育ちで、男性とお付き合いしたこともおろか男性の友人すら居なかった私に、いきなりあなたの元で働くことに戸惑いましたが、


あなたは第一印象のまま、きさくで優しく親切でした。


「主任て言っても構えることないよ。誰もリーダーをやりたがらないから押し付けられただけだ」


緊張で固まっていた私にあなたはそう言って笑ってくださいましたね。


その笑顔に、少しだけ肩の力が抜けました。


その節はありがとうございます。



「ここが君のデスク」




はじめて与えられた自分専用のデスクは―――







あなたの右隣でした。




< 2 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop