Trick or Treat!
Trick or Treat!
 岡 七海。35歳。OL。某商社営業本部の事務やってます。パートです。周りからは『お母さん』と呼ばれる。風貌はともかくやることが所帯じみているせいなんだけどね。会議室でチラシでゴミ箱作ったのが原因なんだけどさ。
 いいんだよ。別に実際『お母さん』だから。

 私には9歳になる娘がいる。岡は旦那の姓。つまり結婚している………わけじゃない。もう1年以上前に離婚した。正直むかつく夫の姓を語るのは不本意以外何者でもないんだけど、娘が名字が変わるの事にどうしても難色を示したので、ここは娘に折れることにしたの。

 だって娘にとっては良いパパで、離婚は親の都合だもん。それに巻き込むことになったんだから、それぐらいしなくちゃなぁという思いがあった。

 離婚するまでの8年間、実は専業主婦だった。ぶっちゃけ、よく社会復帰できたなと思う。これは運が良かったとしか思えない。
 同期会に出席したときに、それまでの元旦那への鬱積が見事にはじけてしまって、『離婚したーっ!でも職がないーっ!』と騒いでいたら、同期の上川君が『ちょうどもうすぐ寿する子がいて、席空くから千歳本部長補佐にかけあってみようか』と救いの手をさしのべてくれたわけです。

 千歳本部長補佐(最近昇進しました。異例の早さです)は私がぴっかぴかの新社会人の時の上司で、すご~~くお世話になった人。順調に出世街道を進み、かっちょいい高校生の息子さんを持ついるダンディな方です。結婚してすぐに子供が出来たためそのまま退職した私に『困ったことがあったらいつでもいいなさい。』と言ってくれて、その後も季節のご挨拶を欠かさない間柄となってくれています。

 私がその伝を最初に頼らなかったのは、千歳本部長補佐が3~4年くらい前に離婚したらしく、その時女性社員が絡んでいたそうだ。かなりすったもんだがあったそうで、そこに私が絡むことによって余計な迷惑をかけたくなかったから。

 でも上川君が素早くアクションを起こしてくれ、本部長補佐も裏から上手に手配してくれたため、パート採用ではありますが仕事につけたわけです。



「おかーさーん。飲みに行かないですかぁ?合コンですよ。ふふふ。あのね営業の親睦という名の合コン♪」

 誘ってくれてるのは、私と一回り近く違う愛子ちゃん。ううう、誘ってくれるのはちょー有り難いんだけど(ちょー言うな。)、愛子ちゃん達レベル(年齢、女子度、ピチピチ度…orz)にはついて行けないの、おばちゃん。私の小学校時代のアイドル、光ゲンジだよ。夕焼けニャンニャンをどきどきしながら見ていた世代だよ。

 それにね、私の年だとどうしてもまた結婚がちらつくでしょ。あちらから見ても。それ耐えらんない。もうね、本当につらかった。DVじゃない。ただ夢と現実の差に落胆して離婚した訳よ。私も家事は得意じゃないけど、やつもどんどんだらしなくなっていった。それこそイケメンと呼ばれる人種だったのに。
 娘が出来てからは最悪。溺愛するのはいい。私を馬鹿にし始めて、それをネタに娘と遊ぶようになった。いたたまれない。
 旅行に行けば、なぜか荷物は全て私が持ち、細々と動き回る私を見て「要領わりぃな。」と吐き捨て、家族写真を撮ろうとすれば「なんでお前なんかと一緒に撮らなきゃいけない。」と言われる。

 友人達の集まりでは「こいつしつけがなっていない馬鹿だからな。娘にそれが遺伝しないかどうかが心配なんだ(笑)。」と言われ、周囲の同情を買う始末。
 たまに反撃すると烈火のごとく怒り、人の尊厳とかを無視した言葉を浴びせ、恐怖で震えるまで怒鳴り続けられた。一度頼まれていた番組録画し損なったら、3週間も口利かなかったなぁ。そういうプレッシャーの中で生きていた。

 ああ、思い出すだけでもつらい。

 そんな私を支えてくれたのはママ友達。いつも私は彼女たちに愚痴をこぼして憂さ晴らしをしていた。そうしなきゃ辛すぎた。
 娘が小学校に入学して、夫の行動がエスカレートし始め、もう駄目だ、と離婚を申し出た時もそれはそれはすざましく、お姑さんにも「あなたさえ我慢してくれたら、丸く収まるからっ!」と泣いて縋られたんだけど(しかもそのお姑さんが私に向かって泣いている姿だけを見て、夫は「何を泣かせてんだっ!」と怒鳴り散らす)、もう私は決心を固めていた。


 うるさいうるさい、しつけが悪い馬鹿女上等っ!てめぇなんざまともに育児もしなかったいいとこ取りの癖に、がたがた抜かすんじゃない!!

 すったもんだで離婚成立。なんとか親権も「じゃかあしい!てめぇはてめぇで優秀な遺伝子を持つお嬢様と探しやがれっ!」ともぎ取り、家から出て行ったわけです。ああ、なんという解放感。

 それで暫く母子家庭手当を受け取り、近くの団地に住み、スーパーのパートをしているところで…というのが今までの人生。


「ごっめーん。娘がママ友の家で待っているの。もうすぐハロウィンだからその準備をしているんだって。」
「ええー?たまにはいいじゃないですか!」
「そうですよぅ。」

 愛子ちゃんの横にさらに女子度が高い優子ちゃんがシナをつくって寄ってきた。愛子ちゃんは純粋に飲みに誘っているけど、優子ちゃんは………分かっているよ。うん。頭数合わせるためだよね。しかも私がいれば、少なくとも私に反応する男子はおらぬ。そういう意味だよね。
 でももうその手の出会いはいいや。結婚に何の希望も持たないし、かといってあばんちゅ~るを楽しむほどのパワーもないもん。

 ちょうど終業時間となったので、荷物を手早くまとめて、いざ帰らん娘の元へっ!と立ち上がったところ、スマフォに娘から電話が入った。はてメールでないとは珍しい。

「芽依ちゃんどったのー?」
『あ、ママ?実はさ、恭(きょう)君ママの具合がちょっと悪いんだって。おじさんも出張だし、翔太兄(しょうたにい)もサッカー合宿でいないんだ。哲平の相手してあげたいし、ハロウィンの準備もまだ出来てないから、恭君家に泊まっていい?」
「え?大丈夫なの?」
「うん。なんか月の物ってママに言えば分かるって言ってた。」

 ああ、そうですか。そういえば恭君ママ(あかりちゃん)、重いっていってたもんなぁ。あかりちゃんは幼稚園のママ友で、団地の近くに住んでいる。ここのパートを決めるときに芽依を夜一人残すことに不安がっていた私を見て、「芽依ちゃん、お手伝いとか哲平の相手してくれる?どうせ3人も4人も一緒だからママが帰ってくるまでいなよっ!娘が出来たみたいで嬉しいしっ!♪」と申し出てくれた有り難い人だ。

 あかりちゃんは本当に娘が欲しかったらしく、哲平が男と分かった時に本気で「留吉(とめきち)って名前にしたろーかっ!」と騒いでいたのを、彼女の夫とみんなして止めたくらいだ。

「ありゃー、じゃあ今日はお泊まりしたいのね。」
『うん。だめかなぁ。哲平が甘えちゃって離れてくれないし、恭君ママもいいよって言ってくれたの。』
「まぁ明日土曜だしなぁ。分かった。宿題とかお手伝いとかはしっかり忘れないでやってね。お着替えとかは恭君と一緒に取りに行くんだよ。」
『はーい♪じゃあねーママ。……恭君OKだってっ!』

 電話を切った後背後から妙な気配が…。にんまりと二人が「障害はなくなったみたいですね。」と語り、そのまま拉致られてしまったのだぁ。
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