重なる身体と歪んだ恋情
多分、私は知らないほうがいい話なのだろう。

世の中知らなくて済むならそのほうがいいなんて話はいくらでもある。

これはその中のひとつ。

奏さんと八重さんの関係もきっとそのひとつ。

分っていても知らないフリをしておくほうがいい。

『新橋の葛城』もきっとそう。


「この焼き菓子美味しいわ。うちでも作れないかしら?」

「日本ではなかなか美味しいバターが手に入りませんから。でも何とかやってみましょう」

「あら、雨だわ」


ふと外を見ると窓ガラスの向こうは濡れていて。


「困りましたね。まだ書店に行っていないというのに……」


確かに。

ここでお茶なんてせずに書店に行くべきだったのかも知れないけれど。


「いいわ、また今度で」

「よろしいので?」

「また連れて来てくれるのでしょう?」


私には飽きるほどの時間がある。

だからそう言って紅茶を飲み干すと、


「当然にございます」


如月はニコリと微笑んで恭しく頭を下げた。


それから如月は私をこの店に残して雨の中、車を取りに行った。

周りではカチャカチャと食器の音と人の話す声が響く。

なんとなく居心地が悪い。

一人で居ることがこんなにも心細いだなんて……。



「お待たせいたしました」


戻ってきた如月はずぶ濡れで。


「如月っ、そんなに濡れて! 風邪をひいてしまうわ!!」


駆け寄る私に如月は「大丈夫です」と笑ってくれる。


「もう暖かいですから。その代わり屋敷に戻ったら少しお時間をいただきますので」


さあ、と促すように差し出される手。

その手を取るととても冷たくて。


「帰ったらすぐにお風呂に入って!」

「はい? あ、いえ、普通に着替えるだけで――」

「ダメっ! これは命令よ?」


ギュッと如月の手を握ってそう言うと、彼は少し困った顔を見せながらも、


「畏まりました」


といってくれた。



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