あの森でぼくたちは
 たくさん遊んだね

 かくれんぼではいつも
 ぼくが鬼だったっけ

 きみをみつけたとわらってたけど
 ほんとうはもうひとり
 かくれてたのに


 あの森はぼくたちを
 やさしく包んだね

 出かけてしまう朝には
 涙が溢れたっけ

 夜に眠れない子どもたちが
 眠れるようにと
 きみは泣いていた



 穏やかで暖かいお昼下がりだった。空は晴れて、少年たちの仰ぎ見る先に色とりどりの煌きを映していた。煌きの中には遠く離れた仲間たちの日常、ぬくもりに満ちた微笑や朗らかな笑顔、孤独や煩悶を内に孕んだ優しげな仕草などがあった。そうして、それぞれが色合いも手触りも違う光を放って、紺碧の空に虹色のカーテンをふさふさと波打たせていた。ときおり、ひと連なりの風の一陣が緩やかに吹き過ぎるたび、光はその色を移ろわせ、何気ない模様替えの一瞬、世界を万華鏡のようにチラチラと輝かせた。青空のブラウン管。よく晴れた日に、仲間たちと約束した周波数に目を凝らせば、いつだって世界はそんな風にうつくしく、かけがえのないものだった。そうしていつだって、少年たちは遠く離れた仲間たちに想いを馳せるのだった。

 「うにゃにゃ、シェフ~!」
 仔猫の少女は驢馬車の大きな丸い窓から、ひとつの煌きをぴ~んと指差しながら言った。
 「マ=ムイがにまにましてるにゃ~っ」
 うれしそうに、少女もまたにまにましながら言う。マ=ムイ。クマと犬を足したような、やわらかく、どこか深みを感じさせる顔。ふぁさふぁさとつや良く波打つ毛並み。少しふっくらとした体。さわるとモコモコとして気持よさそうなおなか。それからお尻にちょこんとついた、まるくておどけたようなしっぽ。そのすべてが調和して不思議な抱擁力を、無償の優しさのようなものを、いつもあたりまえに滲ませていた。ときおりその奥になにか深い悲しみのようなものを匂わせながら。以前の棲み処にいた頃、ふたりはよくそろいもそろって彼のおなかにあたまを預けて、こどもみたいに甘えたものだった。そうすると、マ=ムイはいつもやれやれと仕方なさそうに、それでも愛情深くよしよしと、大きな手で包み込んでくれるのだった。ふたりはそんなマ=ムイに感謝していた。そして、そんな彼が優しさの奥に丁寧に仕舞い込んだ悲しみのことを、いつもそれとなく気にかけていた。だから、彼がほんとうに幸せそうににまついているということは、少年たちにとってもとてもうれしいことだった。
 「ほんとだあっ。うれしそう。きっと、なにかいいこと、あったのだろうね」
 「にゃにゃっ。ほにゃぁっ、シェフ~、、、あっちのほうにゃ、、、」
 仔猫の少女があわただしくも、急に尻尾をしなだらせて、ふにゃふにゃと別の方向を指し示す。
 「ハーシー、、、それにハーピも、、、ちょっとしんどそうだにゃぁ、、、」
 すこし離れたところに浮かんでいるふたりの顔が、確かにあまり心のすぐれない面持ちをしている。
 「うん、、、あのふたりは、、、いつもあんな調子だけど、、、」
 「にゃ。だから心配なのにゃ」
 まっすぐな目で、真剣な顔で言う。
 「うん。でも、このまえハーピと糸電話がつながってさ、意外と元気そうにしていたよ。相変わらず話が長くって、マシンガントークで、やっぱり三人分くらいの勢いがあったよ」
 「にゃぁ~~、いいにゃぁ、、、ピノもお話したいにゃぁ」
 緊張がほぐれて、顔をすこしほっこりとさせる。
 「ん~。でも、糸電話はめったなことじゃつながらないからね。風任せ、運任せというか、ね」
 「いいにゃぁ~、いいにゃぁ~」
 「うふふ。でも、風でも運でも、ちゃんとつながったってことは、もしかしたらそれだけ強い“想い”があったということなのかもね。お話の内容は、ま、どうでもいいことばかりだったけど」
 「にゃふっ。なんだかハーピらしいにゃぁ~」
 ほんとうに、うれしそうにいう。変わらない、ということは、こんなにもこの少女を安心させる。ハーピ。あたまから飛び出たまるいツノを、いつもおしゃれな帽子でかくしている。じぶんは「人」じゃないと、よく言う。引っかき傷だらけのツノは繊細に透き通って、緑淡色の光彩を放っている。星が好きで、だいたいいつも独りで、荒野の只中、夜空を見上げて佇んでいる。ひとつひとつの輝きにワクワクして、それから置いてけぼりに寂しくもなりながら。孤独で人好きな彼は、とにかくよくしゃべる。仔猫の少女との初顔合わせ、以前の住処にお泊りしにきたときは、三人分くらいの存在感で楽しいことや可笑しいことを、やっぱり三人分くらいもたくさん、賑やかに溢れさせてくれた。そのときからだが重たくなっていた少女は、それに随分救われていたらしい。そして、それでも突如身を消して、別人のようになって帰ってきたときには何も聞かずに、さり気なく気をまわしてくれた。そんな「静」も「動」も併せ持つ彼のやさしさにふたりは、とりわけ仔猫の少女は、深い感謝を寄せていた。そして傷つきやすく、いつも何処か想い詰めているハーピのことを少女はつねづね気にかけていた。少年の方はというと、心配はあまりせず、むしろその精神の痩せ尖った透明性に強い尊敬の念を抱いていた。
 「あとは、ハーシーの方だけど、このまえ風の便りが届いたよ」
 「にゃ~、風の便り。めずらしいにゃ」
 「ん?風の便り、シェフはよく使うよっ。風の精たちの加護がついてるからね」
 「にゃ~、さすがシェフにゃぁ」
 少女は目をきらんとさせる。
 「ま、後半はうそだけどねっ」
 「シェフ、、、」
 目を細め、少年のさもさわやかそうな笑顔をじと~っとにらむ。
 「うふふ。ピノは素直だね。でもじっさい風に恵まれている気は、するのだ。そいでハーシーだけど、とりあえずなんだか酔っ払ってるみたいだったよ。どうも、毎晩魔法の水ばかり飲んでるみたい」
 「うにゃ、、」
 「なんでもさいきんはとくにやりきれないことが多いみたいでね。でも、相変わらず音楽と、あと“遺跡”のことについてはとても楽しそうに語っていたよっ。なんだかね、やっぱり生き生きしてた」
 「そうにゃのか。でもアル中にならないか心配だにゃ」
 「んぐふ?なぜに異世界語??“アルコホル”じゃありません!“お酒”ではありません!そんなもの!この世界には存在しませええぇん!!」
 「にゃって、“まほうのみずちゅうどく”だなんて、そんな長ったらしいの、ピノ、言えないにゃぁ」
 「いやいや!言えてますっ!」
 「にゃっ、、、にゃって、ピノだもん!」
 「そうか!ピノだからかあ!なら仕方ないね。て、そんなわけにゃぁ~い!て、思わずピノ語になってしまった、、、う~ん、でも確かに“魔法の水中毒”だと長ったらしくってめんどくさいかもね」
 「にゃふふふ。わかればいいにゃ~。それにシェフのピノ語、うれしいにゃぁ」
 顔中を、ほっこりとゆるませながら言う。少女はこんな益体のない、大して可笑しくもないエセ漫談が大好きで、とても大切にしている。その細かい枝葉までを丁寧に忘れずに。それに、少年の内にじぶんを強く感じたのがうれしかったのだろう。きらきらしていた。ほんとうに幸せそうに。安心しきったように。
 そして、ハーシー。甲虫の羽を持っている。ときどき高いところから飛び降りて、茶色っぽく透き通った羽をバタバタとさせるけれど、てんで不恰好で。飛べやしなくって。ただ空から滑稽に落っこちる。転がるように。落第するように。その姿は哀しさや虚しさよりも、むしろ愛らしさを感じさせる。夜になるといつも自前の天然ストローで、樹液を吸うように、ちゅうちゅうと魔法の水を呑んでいる。音楽が大好きで、“遺跡”のことにもいつも多大な関心を寄せている。明かされざる沈黙の歴史に興味があるというよりは、むしろそこから発掘される古代の楽器やその他音楽に纏わる目新しい品々に興味があるらしい。好きなことに対しては、何処までも強い探究心を持っているやつなのだ。そういうところはハーピとよく似ていて、ふたりが出会ったときは音楽の話ですぐに打ち解けた。しかし音楽と関わりのないところではいつもうらぶれているハーシーを、仔猫の少女はよく心配した。一方、仔犬の少年は、彼の飽くなき探究心と知識の深い煩雑さに、敬意と好意の両方を抱いていた。
 「ま、そんな感じで、ふたりともわりと相変わらずみたいだよ。それに、ほら、お空はいつだってあいつらの素直な姿を映すからさ。無理をしてない、自然な姿。それをぼくらに見せてくれているうちはきっと大丈夫だと思うよ」
 少年はふさふさと波打つ虹色のカーテンの中に、ふたりの煌きをみとめながら言った。夢見がちで本質的に楽天家。そしてやたらと話をきれいにまとめたがる。そんな愚直で浅はかな、如何にも少年らしいセリフだった。でも、確かにそのことばは、あまりにきれいなその日の晴空に似つかわしく、至極自然に透明に、穏やかでかけがえのないひとときの中に染み渡っていくのだった。