LabYriNth(ラビリンス)
囚われ
 古びた図書館の書架の間には薄い影がわだかまり、まるで迷宮のよう。迷い込んだら抜け出せないその迷宮には、愛という名の魔物が待っているというのに……

 『人文学』と札下げられた人気のない通路に入り込んだ薫は数年ぶりに見る有司の姿にときめく胸を抑えられなかった。
 学生だったあのころより少しくたびれた風貌。伸ばした無精髭がいかにも芸術家っぽい。

「いまさら連絡をよこすなんて、どういう料簡?」
 
 嬉しいとき、つい強い口をきいてしまうクセは彼と別れた後も治りはしなかった。そしてそんな時、困ったように眉を寄せて頭を掻く彼のクセも……

「結婚するって聞いてさぁ……」
「ええ、するわよ。今日だって彼と一緒に来ているのよ。なんなら呼んできましょうか?」

 いっそう強く頭をかきむしった有司は薫の腰に腕を回し、自分の体に強く引き寄せた。

「いつの間に別れたんだ、俺たちは」
「あなたが私を置いて行ったあの時からよっ!」

 絵描きになるという彼の夢を後押ししたのは確かに自分だ。だがまさか、置いてゆかれるとは思いもしなかった。
 パリに渡ると決めた彼はその滞在先さえ知らせることなく薫の前から消えたのだ。

 絶望に打ちひしがれる薫の心にしみこみ、満たしてくれたのは通路一本はさんだ閲覧コーナーに座っている彼だった。
 感謝している。愛してもいる。
 でも、この情熱深い瞳で見つめられたら……

「なあ、二番目でもいいから、俺のことも愛してくれよ。これからも会ってくれないか?」

 そんな言葉にほだされて目を閉じてしまったのはなぜだろう、有司の唇が降ってくることは解りきっていたのに。

 午後早い図書館は気だるい静寂に包まれている。そう、ここは愛の迷宮
 私は、この抜け出せない罠に、はまってしまった……
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