「お兄、臭い!」



 小さな鼻を摘んだ瑠海の言葉に、僕は慌ててオーブントースターを覗きこんだ。

 物騒な煙をあげ、見事に周りが焦げた食パンを見て思わず項垂れる。



 オーブントースターなど触ったこともなかったけれど、スイッチを押せば勝手に食パンをいい具合に焼きあげてくれるものだと思っていた。

 我が家の食卓にはいつも、無類の料理好きだった父親の料理が並んでいた。

 食に困ったことのない僕は、キッチンに立つことすら初めてなのだ。

 自分の食べるものなら何だって構わないから、コンビニ弁当も冷えたまま食べていた。



 でも、今は違う。

 瑠海には、冷たくて栄養の偏ったコンビニ弁当や焦げた食パンを食べさせるわけにはいかない。



「ごめん、瑠海。コンビニに何か買いにいこうか」

「うん!」



 キッチンに立つ僕の隣にくっついていた瑠海は、頭を撫でた僕を愛らしい笑顔で見あげる。



 瑠海の細く長い髪は、お願いされた“編み込みヘア”をしてあげることが出来ず、無難にポニーテールでおさまった。

 思えば、母親の愛情を十分に受けていない彼女がそういうわがままを吐きだせる存在は今や祖母と僕だけなのだ。



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