恋しくて ~かりそめの夜~ 【TABOO】
~彼氏がいるのに飲み会で~
「さっきまで死ぬほど退屈です、って顔してたよ?」

頭数合わせで行った飲み会。退屈だったのは否めない。だから「美味い肴を出す店があるんだけど」と囁いたこの男の誘いに乗った。

「解るよ?でも、何事も楽しもうとしたほうがいいんじゃない?」
「そうだけど…」 
「そういう気持ちでいるといい事が起こるもんなんだ」

良い事?と視線で問うと、男は「そう。良い事」と私のグラスに静かにグラスを合わせた。キィンと透き通った静かな音が控えめに響いた。

「君と出会えた」

男の浮かべた蠱惑の微笑に胸がきゅんと小さく鳴いた。それを見透かしたように男はさりげなく私との距離を詰めて僅かに肩先を触れ合わせた。ほのかに伝わってくる男の熱と私を見つめる艶めきを増した視線に、胸の小さなときめきは甘やかな胸騒ぎに変わった。困った、と思った。恋人が仕事で海外へ行ってから二週間。寂しさと人肌恋しさが理性の箍を弛ませつつある今、この男の視線を真に受けたら箍どころか理性そのものが溶け失せてしまいそうだ。

「…困る」
「迷惑?」
「私…」
「恋人が居るから?」
「今は海外で居ないけど…」
「そっか。残念」

躊躇なくスツールから立ち上がった男の袖を引くために思わず出かかった手は空を掴んで戻すしかなかった。小さく息を吐いて目を伏せると瞼の裏に彼の顔が浮かんだ。ドアを開けて私を待つ男の姿に言い様のない寂寥感を抱きながら外に出たところで、後に居た男の腕に掬われるように背中を抱かれ攫われるかのようにビルの合間の暗がりに引き込まれた。
その刹那、息も止まるほどの抱擁――突然過ぎて抗うことはおろか、それを考え付く間もなかった。

「さっき君が言ったこと…」と男が耳元で囁いた。
「え?」
「海外で、という言葉だけ聞かなかったことにする」

その言葉の真意が読めなくて、私は男の体を両掌で少し押し戻し、上げた視線で男に問うた。それを受けた男の瞳がまた甘やかに細められ右手が私の頬を撫でた。

「そうすれば君は事実だけを俺に答えて嘘は吐かなかったことになる。もちろん恋人にも、ね?」

それが苦し紛れの言い訳でしかないと思いながらも温かく私を抱くこの腕を振り払うことはできなかった。頷く代わりに男の背に両腕を回し、広い胸に縋るように頬を寄せ瞳を閉じた。
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