あの頃のように
「あ、じゃあ、ちょっと……」


カバンの中から何やら小さなポーチを出して、沙稀は洗面所のドアの向こうへ消えた。



どうして沙稀に「俺の家から通え」なんて言ってしまったのか。


(何を考えてるんだ、俺は——)


あのときは、考える前に口から出てた。


沙稀も沙稀だ。

どうしてひとことも文句も言わずについてくるかな……


(そりゃついてくるか)


失業か、今よりいい給料で職場にありつけるか。

そんな二者択一なんだ。

2週間ほどイヤな男を我慢するだけで、いい方の選択肢を得られるんだから。

彼女なら、迷いなくいい方を選ぶだろう。


パジャマにさっさと着替えてベッドに潜り込む。


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