スーツを着た悪魔【完結】

目算するところの155センチ以下の彼女と、186の自分では距離がありすぎて……

しかもうつむいて、押し殺した声でモゴモゴと何か批難されてもよくわからない。


結局彼女は、ひどく腹を立てたまま、深青の前から立ち去ろうとして。

深青はとっさにそんな彼女の腕をつかんでしまって、その拍子に持っていた荷物が床にぶちまけられて――

素の彼にしては珍しく、拾ってやろうとしたというのに、そんな深青に対して、彼女は「触るな」と切れたのだ。



舌をねじこんだわけでなし。あの程度のキスで、そこまで怒るかフツー……。失礼な女。


まゆのような常識人からしたらとても考え付かない思考をもつ深青は、それで一生懸命はいつくばって物をかき集める彼女を黙って見下ろすことに決めた。


そう、黙って――彼女を見つめていたのだ。



そして、泣きそうな顔で走って逃げていくまゆの背中を見送ったあと、もたれかかっていた壁から体を起こし、廊下の端に転がった『それ』を拾い上げ、手に取る。



「ふーん……」



深青の端正な顔に浮かぶのは、ほんの少しの好奇心と――

そして非常にたちの悪い笑顔だった。


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