Last flower【執筆中】
2.
「ようこそ。待っていたわよ、カスカ。ユルカ」

叔父の後を追い、辿り着いた建物の中から、生温い目をした太った女が両手を広げ、象のように重そうな体をユサユサと揺さぶりながら笑顔で彼女達に近づき、言った。

「今日からここで暮らしましょうね。沢山の家族がいるからもう寂しくなんてないわ」

 ………え!?

「じょ…」

 冗談言わないでよ。と、言いかけたカスカの声を遮るように

「どうぞ宜しくお願いします。じゃあ私はこれで…」

叔父はそう早口に言い、軽く女に頭を下げ、門の外へそそくさと出て行った。
カスカ達の事など、一度も振り向きもせず。

カスカがユルカを見ると、ユルカもカスカを見つめていた。
二週間前の、あの午後のように。ユルカの目は、潤んだようにキラリと光っていた。

「食事の時間と入浴の時間と、あとは寝る時間ね。それだけはきちんと守ってね。それ以外の時間は、各々好きなことを自由にしていていいから」

女のでかい胸に留めてある白いネームプレートには「mother」と刻まれていた。

と、その時。突然、激しい雨が窓を打ちつけた。耐え切れずに一気に墜落した、無数の葡萄色の雨。
motherに先導されて、軋む木の廊下を、カスカは汗ばんだユルカの手をずっと握り締めたまま歩いた。
すると、小さな男の子が二、三人、素っ気ないドアの部屋から小バエのようにいきなり勢いよく飛び出してきた。

「すっげー雨、すっげー!!」「おい、外出ようぜ!外で遊ぼうぜ!」

小さな男の子特有の、幼稚な興奮。motherは大騒ぎをする男の子達を、低い声でたしなめた。

しかし、男の子達はそれを少しも意に介さず、まっすぐ出口へと走っていった。

その後ろ姿を何となくぼんやりと目で追いかけていたカスカの鳩尾辺りに

「ドン!」

突然、鈍い痛みが走った。見下ろすとそこには…さっきの男の子たちの友達だろうか?やせっぽちの小さな少年が立っていた。

「これッ!ポン!」

motherが彼を捕まえた。ポンと呼ばれた少年は、何故だか照れたようにくねりと身を捩りながら笑った。

「お姉ちゃんに、ごめんなさいは!?ちゃんと言いなさい!」

motherは、先程の男の子たちに対してよりも、うんときつめに彼を叱った。

「へへへ…ごめ…んなサイ…」

カスカを見上げて卑屈に笑った少年の歯は、真っ黒だったり黄ばんでいたりしていた。
特に前歯の虫食いは酷く、カスカは驚き思わず息を飲んだ。

きっとこの建物は、この少年の不潔な口の中にそっくりなんだろう。漠然とそう思った。

何を聞かずとも取り繕われたとしても、少年のこの虫食い歯が、この場所の全てを象徴しているかのようだった。

先に駆け出していった男の子たちの後を再び追うように、ポンは廊下を走り去っていった。

「全くもう…」

motherがぼそりと溜息と共に呟いた。そして気を取り直したようにカスカ達を振り向き、

「後はね、さっきの子達みたいに敷地内で遊ぶのならいいけれど、絶対に外に出てはだめよ。私達はあなた方の親類の方から責任を持って、あなた方をお預かりしてるのだから」

声のトーンが変わった。有無を言わせぬ低くて太い声。
それからまた、曇天からちらりと覗いた明るい太陽のような声でmotherは言った。

「ここに集まっている子はね、年齢も、ここに来た理由もバラバラなのよ。あなた達が来て、全部で14人になるわ。みんな今日からあなた達の家族よ」

…冗談じゃない。

カスカは再び胸で呟いた。
家族なんていらない。本物の家族ですらー親ですら。私はちっとも必要としていなかったのだから。

私には、ユルカさえいればいいんだ。ユルカにも、私さえいればいい。そう。聞かなくてもわかる。
私達は一対なんだもの。
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