プラチナブルーの夏
2.
その代わり。

ブラジャーがきつくなるたび、母親にそれを伝えてお金を貰うのが、一番嫌な事になっていった。

まだあたしのオッパイが平らだった頃、小一か、そこらの話だ。

お風呂上りに、爪を切っていたあたしの傍にやって来た母親が、忌々しそうに

「…あんたの爪の形って、ほんっとお父さんのとそっくりね!!」

と、吐き捨てるように言ったのだ。

きっと今のあたしなら、

「当たり前じゃない。あたしは、お父さんとお母さんの子なんだから」

くらいの返事はしたかも知れない。けれど当時のあたしには、なんと答えればいいのかわからなかった。
 
子供心に、両親の不仲は知っていたから、きっとその時の母親は父親に対する怒りの矛先をあたしに向けたのだろう。そう、漠然とは気づいていた。

両親が離婚したのは、それから僅か数ヵ月後の事だった。いつ離婚してもおかしくないくらい喧嘩ばかりしていた両親だったから、不思議と寂しくなかった。

それよりも、これからはキィキィうるさい母親のヒステリックな声や食器が
割れる音、父親の怒鳴り声やドンドンとテーブルを叩く音が、もう真夜中に聞こえてくる事はないんだと、ただそれだけに安堵感を感じていた。

「ミズキ、いい子でな」

父親は家を出て行く際、そう言ってあたしの頭をくるりと二度撫でて、いなくなった。

カンカンに熱いアスファルトの上に立ちつくし、蝉時雨を体中に浴びながら、あたしは父親の後ろ姿が、やがて見えなくなるまで見送った。

その時履いていた、ビーサンの足の裏の熱さだけがやけに鮮明で、今でも忘れられない。
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