プラチナブルーの夏
5.
中学に入ってからも、同じ小学校の誰かが誰かに面白おかしく喋ったのだろう、知らない男子や先輩から、相変わらずあたしは「オッパイちゃん」と呼ばれていた。

(…バカじゃないの、こいつら。)

あたしがそう思ったのは、オッパイオッパイと喜んで騒いでいる、サルみたいで単純でわかりやすい男子達に対してよりも、むしろ女子達に対してだった。

以前、あたしの上履きに「巨乳女」と書いたのも、筆跡からいって犯人は女子だろうとあたしは睨んでいた。
 
中学では、更に周りにわかりにくい、高等な嫌味や攻撃をして来る女子や、

「うちのクラスの誰々が、あんたの事を好きになった。だからその男子にフラれた女子にあんたが謝れ」

などという意味のわからない理由で、放課後や休み時間などに二年や三年の女子に呼び出しをくらったりもした。

最初の数回は、一応呼び出しにも素直に応じていたけれど、もう何を言ってもあたしは彼女達にとっては

『ちょっとオッパイでかいからってナマイキな女』
 
としか映ってないんだなと諦めてからは、呼び出しなんて無視しまくってリツコと遊んでばかりいた。

リツコは初めてあたしを「オッパイ女」じゃなく、一人の、普通の女の子として話しかけてくれた、あたしにとっては奇跡のような、大切な友達だった。

「どーせ女子はミズキが羨ましいだけやん。男子は男子でミズキの爆乳、指くわえて見てるしか出来へんからチョッカイ出したいだけやろし。あんな阿呆どもの為に、いちいち傷つく必要ないって。な?」

リツコはケロリとそう言ってニシシッと笑い、いつもあたしを励ましてくれた。

かよわそうな細い腕に、繊細なブレスレットがよく似合う女の子。うっすらとそばかすの散った笑顔を見ていると、女のあたしでさえ「守ってあげたい」と思う瞬間がある。

初めてあたしを肯定してくれた子。涙が出そうなくらい、ありがたかった。
 
更に聞けば、実はリツコ自身も、昔からクラスで孤立しがちな女の子だったらしい。

「なんで?リツコ、すごいいい子なのに」

「そんなん言ってくれるの、あんただけだわ。私のこの喋り方、これが転校した小学校でバカにされたんが、最初のきっかけでなぁ…」
 
リツコの家も、両親が離婚した後、母親と共に大阪からこちらへ引っ越して来たのだという。

「親戚んとこに暫く住ましてもらっててな、お母ちゃん、昼夜無く働いてやっと二人で住めるアパート、借りたんよ」

やっとまた学校にも通える。リツコはそれがとても嬉しかったという。しかし、関西弁で話す彼女を男子達が囃したて、女子達もクスクスと笑いながら、自然と遠ざかっていった。

「ほんならもう友達なんていらんわ!!って思て。絶対東京弁なんか覚えるかぁっ!て自棄になっとって」

そういった経験があったから、余計にあたしの事が気になって仕方がなかったと教えてくれたのは、中学二年の夏休みに、リツコの家に初めて泊まりに行った日の夜だった。
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