夢現
ポン酢
「ポン酢を使ったことがないの」
彼女がそんな事を言うから、たぶん僕の目は丸くなった。
別に使った事がなくたって、まったく問題はないが。
それでも自分が普通に使ったものを使った事がないと言われた少し驚いた。
気のせいか、彼女が少し申し訳なさそうな顔をしているように見える。
何だか、フォローをしなければならないような気がした。
「いや、使った事がなくても別に構わないよ」
フォローになったのかどうか。
自分で何が言いたいのかも、あやふやだ。
このフォローはあまり効果がなく…というより、逆効果だった。
「別にそんな事を気にしてなんかいない」
彼女が少しふくれた。
ポン酢ひとつにふくれなくても良いと思うのだが…。
それにしても、さっきまでの楽しい空気がこんな事で重たくなっている。
こんな時に、どうでもいい話かもしれないが、僕たちは3年一緒にいた。
3年も、一緒にいたという気持ちだった。
今さらだけれど、僕が知っている彼女は26分3年ぶんだけなんだと感じた。
彼女一人を考えても、こんな何気ない知らない事がある。
という事はこれから彼女の友達と親しくなって、彼女の両親に挨拶をして…。
一体どれだけの事に驚いていくんだろう。
楽しみなような、怖いような。
たかが、ポン酢。されどポン酢と言ったところだろうか。
「とりあえず、買出し行こうよ。今夜は僕が夕飯を作るからさ」
彼女はやっと機嫌を直して笑った。
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