僕が君にできること
はっきりと返事はできずにいた。隼人は突然だったからと私の答えを急ぐことはなかった。



そんな隼人に甘えていた。


仕事を終え咲子と軽く食事をし別れた。
リングは外していた。まだそれを付ける資格は私にはなかった。


駅に向かうはずの足は違う方向へと向かっていた。
あれ以来避けていた場所。行けなかった場所。
そして今あの人はいないとわかっているのに会えることを心のどこかで期待しながら。

あの時のようにまた会えると望んで。




控えめにBGMが流れる静かなスペースには数人の仕事帰りのサラリーマンが本を物色していた。
あの人らしい人はなくわかっていたけど落胆していた。



本の棚を背表紙をなぞるように歩くと、『君を想う』のシリーズが並んでいた。


よく秋が読みながら泣いていたね。


私も好きだった本。そして私と秋を幻想の時間から目覚めさせた本…。



1冊取り出しページを開いた。好きだったシーンを探すと何かがこぼれ落ちた。



小さな紙切れを拾い息がとまるほど苦しさがこみ上げてきた。



『あなたの前でだけは本当の自分でいられた』


その紙が挟んであったページに涙がこぼれ落ちた。

『運命だったらまた巡り会える。あなたと過ごした時間は決して忘れない。心から愛していました』


そう主人公の言葉が綴られていた。


私はまわりの人を気にせず泣いた。溢れてくる涙を止めどなく流した。
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