キスの意味を知った日

どこか気まづい空気が車内に漂う。

あんな事するんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。

そんな時、ビリビリと何かを袋から開ける音が響いたと同時に櫻井さんの声が落ちた。


「総務部の江森って、松本の同期なんだって?」

「はい。今度同じ総務部の上司と結婚するみたいです」


みたいだな。と言って、聞いたわりには全く興味のなさそうな櫻井さん。

余程お腹が空いていたのか、買ってきたパンを頬張り始めた。


「寿退社みたいですよ」

「みたいだな」


そう言って、あっという間にパンを食べ終えてコーヒーをゴクゴク飲んでいる。

組み合わせ的には、完璧朝ごはんだ。


「まぁ家庭を持つと、今の仕事はキツイか」

「定時に帰れる事なんてないですからね。特にうちの課は」

「そうなると、うちの課はいずれ男だらけになるかもな」


そう言って、少し苦笑いする櫻井さん。

ガサガサと食べた物を袋の中に詰めている。

そんな彼を横目に呟く。


「大丈夫です。私は辞めませんから」


私の言葉に一瞬目を丸くした櫻井さん。

それでも、ふっと表情を緩めて言葉を落とす。


「頼もしいな。そうだな。松本もちょうど今、適齢期ってやつだもんな」


その言葉が胸の中に大きな渦を作る。

グルグルと回って、私の心をかき回す。


さっき吸った煙草が胸の奥の感情を煙で覆う。

真っ白だけど、汚れた白い煙。

端から見たら綺麗かもしれないけど、本当はジワジワと心を、体を蝕んでいくもの。
< 92 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop