主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
しかしこの誓いがいけなかったのか――

それから数日間もの間いつものように地主神の元を訪れた後、縫いかけの腹巻を縁側で縫っていると…

主さまは傍に居るのに、一向に話しかけてくる気配がない。

どうしたものかと思ってちらちら盗み見していると、そういう時に限って目が合ってしまう。

目が合うと互いにぱっと顔を逸らして動揺してしまうので、もちろん話にもならなければはたから見たらかなりおかしな雰囲気を醸し出しているだろう。


「息吹、最近ちょっと涼しくなってきたからそれ早く縫って腹に巻いとけよ」


「うん、でもせっかく地主神様から貰った手拭いだから大切に縫いたいの。あ、雪ちゃんにも縫ってあげよっか」


「へ?暑いから俺はいいや。…あーでも欲しいなー。縫ってもらおっかなー」


にこにこしている息吹の周囲を歩いて回る雪男の存在が目障りで仕方ない主さまは、足元に寝転がっていた猫又の腹を撫でてやっている息吹の視線から外れた瞬間雪男に煙管を投げつけた。

男同士無言の睨み合いをしたが――主さまの眼光は魂をも貫いてしまいそうなほどに鋭く、悪寒が走り抜ける。


「あ、でももし布が余ったら父様と………ううん、なんでもないよ」


主さまの肩がぴくりと揺れる。

晴明と誰に作ろうとしたのか――もしかして自分ではないのだろうか?

俄かに期待をした主さまが再び息吹をちらちら見ていると、息吹もまた主さまに視線を遣っては顔を伏せる。

…まるで恋をしたての若者のように恥らって俯き、時に視線を合わせてまた俯く――

雪男にとっては面白くない光景だったが、息吹がこうして通って顔を見せてくれるようになったのは朗報だ。


本当は離縁をしてもらって自分と夫婦に…が最終目標なのだが、今はじっと耐える時。


「そろそろ完成しそうなの。あったかそうだしこれでお腹冷やしたりしなくて済むから嬉しいな」


「それ巻いてる姿見せてくれよ。…痛いっ!」


今度は主さまに座布団を投げつけられて悲鳴を上げた雪男がすたこら退散していく。

蜩の鳴いている夕暮れを見上げた息吹は、これから百鬼夜行に出る主さまへ小さな声で行ってらっしゃい、と囁いた。
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