息吹への強い強い想い――

主さまはその想いに支えられて、死にたいと思うような筆舌に耐えがたい苦痛にも…耐えていた。

傍らに座して主さまの全身に針のようなものを刺して毒を抜いている晴明の額や腕にはびっしりと玉のような汗が浮かび、一瞬でも精神集中を欠いてはならない状況で、晴明も主さまと同じような想いに駆られて、目がかすれそうになるのを耐えている。


横たわった主さまの周囲には大量の血。

吐血したものや、刺した針のようなものからの上部から噴き出した椿姫の血肉が溶けた主さまの血だ。

体内のおよそ半分以上の血を失いつつも、悲鳴ひとつ上げずに堪えている主さまはさすがというか――晴明は驚嘆していた。


「…これでいい。明日にもそなたの体内に流れていた椿姫の毒は綺麗に抜かれているだろう。…そなた…馬鹿なことをしたな。何もかも失うところだったぞ」


「……もう…ほとんど失った…。百鬼だってもう俺を……」


理性を失くして椿姫を食い続けた1ケ月。

その間に百鬼夜行もせず、百鬼たちもきっと呆れて憤って離れていったはず。

主さまは腕で両目を覆ってそれを悔やんで歯を食いしばったが、晴明は主さまの額を親指と人差し指で弾いて気を引くと、蔵の外から聞こえる何やら騒がしい声を指した。


「そなたには聞こえぬのか?丸1日、百鬼たちは蔵の傍から離れずにそなたを案じて見守っている。あれらにとってはそなたは今も百鬼夜行の主で、王だ。今後二度と…あれらを裏切ぬよう」


「俺は息吹を…裏切った…。それもまた…女絡みで…!」


「男女の関係にはないとそなたが言った言葉、あれを息吹が信じているのならば…そなたへの想いは消えてはおらぬ。どうするのだ。私の反対を押し切って会いに行くのか?その覚悟はあるのか?」


本当はもう息吹とは会わせたくないのだが――息吹は赤子の時に親から幽玄橋に捨てられた捨て子。

父と母の存在と愛に焦がれて、必ず幸せにしてあげるからと何度も腹の中の子に呼びかけていたことを主さまも晴明も、知っている。


晴明は紐を解いて気を抜くと、存在を忘れていた椿姫を肩越しに振り返る。

顔を上げず、恐怖に身体を震わせている女。

再び妖に捉えられて一体何をする気なのかと怯えているのだろうが――今から椿姫を問い質さなければならない。


「気を抜く暇もないな。さあ椿姫、話してもらおうか。そなたが何故十六夜を絡め取り、十六夜と息吹を離縁させたのかを」


「……はい…」


震えた声で返ってきた返事は、蚊の鳴くような声だった。

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ファンタジー  妖怪    男目線  切ない  溺愛  きゅんきゅん 

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