主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
椿姫を食ってしまった――

その事実が酒呑童子をひどく痛めつけて、腹を打って昏倒させた椿姫を抱きかかえると家を出て険しい表情のまま空を駆け上がる。

これから一体どうすればいいのか――


あんなにも慕ってくれた椿姫の瞳が…恐怖や不安や怒りを湛えて自分を見つめる姿に、耐えることができるのだろうか?

そして自分は何を訴えかけようとしていたのだろうか?


愛…とは一体――?


「……いずれ…こうなるはずだった…」


そう呟いて自己完結させようとしたが、思考はうまく働かずに腕の中の椿姫に視線を落とす。


…椿姫は特異な身体の持ち主。

再生し続ける身を持ち、恐らくそれが原因で親に捨てられて、死を求めて山野をさ迷っていた椿姫と出会ったのは、何の因果か。


「椿姫…お前から良い匂いがしたのは……血の匂いだったか」


妖に食われたことが要因で血の匂いが止まらなくなったか――

今も一緒に暮らしていた時とは比較にならないほどの濃厚な血臭を漂わせて、その匂いに惹かれて妖が集まり、そして…椿姫を貪り食うようなことが必ず起きるだろう。


そうなる前に…どこかに椿姫をどこかに隠して何者の目に触れさせないようにしなければ。


山野を駆けていると、林の影に小さな建物が見えた。

目を凝らすとそれは小さな神社に見えて、鳥居があって本堂もあり、人気がない。


「あんな場所に神社が…?……結界を張って妖封じをする。椿姫……すまない、お前を引き止めるためにはこうするしか…」


恐怖と支配力でもって制すれば、きっとどこにも逃げ出せなくなるはずだ。

この淡くあたたかい感情を押し殺して“お前は独りだ、どこにも逃げられない”と恐怖を与え続ければ…逃げたいと思う気持ちを失ってくれるかもしれない。


「もう……元には戻れないのか……」


理性を失って椿姫を襲ってしまったことで…全てを失った。


あの百鬼夜行の主を打倒するという強い思い以上に――


椿姫を失ったことの喪失感の方がよほど、堪えていた。


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