主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
目を覚ますと隣には晴明が。

しかも熟睡している晴明など滅多に見れないので、腫れた目を擦りながらそっと床に潜り込んで晴明に抱き着いていると、ふっと笑う声がした。


「よく眠れたかい?」


「父様お帰りなさい。よく眠れたよ、ご飯も沢山食べてるし、少し運動した方がいいと思うから今日は柱を磨こうと思うの」


「程々にするんだよ。そろそろ起きて調べ物をしなければ」


息吹が無言で見つめていると、晴明は腕枕をしてやりながら腫れた息吹の瞼を親指でなぞって優しい声で諭した。


「十六夜は無事だ。死の間際に佇んでいたが、身体から毒は抜けた。安心しなさい」


「……私別に主さまの心配なんかしてないもん」


「ああそうだったね、それはすまない。一緒に朝餉を食そうか」


一緒に起きて顔を洗って、いつもの親子二人暮らしに戻ってひとりではないとほっとした息吹は、庭の花に水遣りをしていた銀を見つけて庭に駆け降りた。


「銀さんありがとうっ。私がしたのに」


「いやなに、することがなくて仕方なくしていたんだ」


銀の足元にはちょこちょこ歩いている若葉の姿があり、息吹は縁側に座ってまた大きくなったかもしれない腹を撫でると快晴の空を見上げる。


…主さまは、無事。


本当はそれを知れてとても嬉しかったけれど、もう自分とは今後何の関係もない人なのだと割り切らなければ…また不安に押し潰されてしまう。


今でも主さまはとても愛しくて大切な人。

だがこれはもう思い出にしなければ。


「父様…主さまはもうここには来ないよね?」


「……さて、私に会いに来ることはあるかもしれないが」


「じゃあその時は私の部屋に誰も入って来れないように…」


「ああそうしよう。息吹…目が腫れているね。後で私が煎じた薬を飲んでくれるかい?」


「はい。心配かけてごめんなさい父様」


元々線の細かった息吹がさらに細く見えた。

笑ってはいるが、本当に心の底から笑ってくれているのだろうか?


息吹の笑顔とは、悲しい気持ちにさせるものだっただろうか?


晴明は櫛で髪を梳いてくれている息吹の心情を推し量ろうとしたが――こればかりは本人にしか理解できないだろう。


ただただ、ひとまずは無事に子を出産することを最優先にしなければならない。

全ての不安を息吹から取り払わなければならない。
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