主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
晴明が調べ物をしている間に息吹は身体の負担にならない程度に柱を拭いたり台所回りを掃除したりして過ごした後、晴明の傍にちょこんと正座した。
邪魔にならない程度に少し離れてはいるが、確実に晴明の視界に入る位置だ。
幼い頃、幽玄町ではいつも猫又や山姫たちが誰かしら傍に居たので不安で、諭されても叱られてもこうして晴明の傍に居たことを思い出す。
「父様は何を調べているの?」
「そうだねえ、実は私にもわからないんだ。何せ前例のないこと故どうすればよいのやら」
晴明は万能だと思っていたので、頭を悩ませて巻物を読み漁っている晴明の姿は珍しい。
息吹が目を真ん丸にしていると、晴明は巻物を脇に置いて湯呑を手にして茶を飲んだ。
息吹もそれを真似してお茶を飲むと、晴明は椿姫のことを口にした。
「十六夜の傍に居た女子を覚えているね?」
「……うん…。主さまが居なくなった時、主さまとずっと一緒に居た人」
「ずっと一緒に居たのではない。ずっと一緒に居させられたのだ」
「…どう違うの?」
膝の上で握り込まれていた拳が真っ白になっているのを見つつも晴明は息吹の方に身体を向けて切れ長の瞳をやわらかなものから真摯なものへと変えた。
この問題については性根を据えて話さなければいけないと思っていた。
「十六夜はあの女子に捕らわれていたのだ。とても珍しい身体の持ち主でね。息吹…十六夜は鬼だ。それはわかっているね?」
「…はい」
「あの女子は…椿姫は己の身体を武器に十六夜を誘惑したのだ。あれの妖としての理性は強靭だが抗い切れない血の匂いに理性が折れた。だが男女の仲ではない。それは私が保障しよう」
「どうして…どうして父様が保障できるの?私…主さまから何も聞いてないもん。何も…」
主さまは不器用。
あの時神社の前でなんとかして状況を説明しようとしていたのに、それを振り切ったのは自分だ。
何度も悩まされて不安になって…もうこんな毎日はいやだという思いが、主さまを拒絶したのは――自分。
「息吹、よく聞きなさい。…椿姫には好いた男が居る」
「……え…」
顔を上げた息吹は、晴明の瞳に紛れも無い真実の色を読み取って絶句した。
呆然としていると、晴明は息吹の両手を握ってぐっと顔を近付ける。
「椿姫本人から話を聞きなさい。きっとそなたの凝り固まった頭を解してくれるだろう」
「…………今はまだ…無理です」
そう答えるのが精一杯。
幽玄町には、もう戻りたくなかった。
邪魔にならない程度に少し離れてはいるが、確実に晴明の視界に入る位置だ。
幼い頃、幽玄町ではいつも猫又や山姫たちが誰かしら傍に居たので不安で、諭されても叱られてもこうして晴明の傍に居たことを思い出す。
「父様は何を調べているの?」
「そうだねえ、実は私にもわからないんだ。何せ前例のないこと故どうすればよいのやら」
晴明は万能だと思っていたので、頭を悩ませて巻物を読み漁っている晴明の姿は珍しい。
息吹が目を真ん丸にしていると、晴明は巻物を脇に置いて湯呑を手にして茶を飲んだ。
息吹もそれを真似してお茶を飲むと、晴明は椿姫のことを口にした。
「十六夜の傍に居た女子を覚えているね?」
「……うん…。主さまが居なくなった時、主さまとずっと一緒に居た人」
「ずっと一緒に居たのではない。ずっと一緒に居させられたのだ」
「…どう違うの?」
膝の上で握り込まれていた拳が真っ白になっているのを見つつも晴明は息吹の方に身体を向けて切れ長の瞳をやわらかなものから真摯なものへと変えた。
この問題については性根を据えて話さなければいけないと思っていた。
「十六夜はあの女子に捕らわれていたのだ。とても珍しい身体の持ち主でね。息吹…十六夜は鬼だ。それはわかっているね?」
「…はい」
「あの女子は…椿姫は己の身体を武器に十六夜を誘惑したのだ。あれの妖としての理性は強靭だが抗い切れない血の匂いに理性が折れた。だが男女の仲ではない。それは私が保障しよう」
「どうして…どうして父様が保障できるの?私…主さまから何も聞いてないもん。何も…」
主さまは不器用。
あの時神社の前でなんとかして状況を説明しようとしていたのに、それを振り切ったのは自分だ。
何度も悩まされて不安になって…もうこんな毎日はいやだという思いが、主さまを拒絶したのは――自分。
「息吹、よく聞きなさい。…椿姫には好いた男が居る」
「……え…」
顔を上げた息吹は、晴明の瞳に紛れも無い真実の色を読み取って絶句した。
呆然としていると、晴明は息吹の両手を握ってぐっと顔を近付ける。
「椿姫本人から話を聞きなさい。きっとそなたの凝り固まった頭を解してくれるだろう」
「…………今はまだ…無理です」
そう答えるのが精一杯。
幽玄町には、もう戻りたくなかった。