「椿姫…準備はいいか?」


「ええ。彼方様…あなたと生きるために、私…頑張ってきます」


ーー主さまはそんな二人を盗み見ながら顎で眼下の泉を指した。


「俺たちは妖だ。聖なる泉などというものには近づきたくはない。…ここで待つ」


「恩に着る。…今までの無礼を許してほしい」


神妙な表情で神妙なことを言った酒呑童子の言葉に鼻を鳴らした主さまは、横で欠伸をしていた銀の尻尾を思い切りつねった。


「おい、何をする。痛いじゃないか」


「椿姫の美味そうな匂いをかぎつけて三下共が湧いてくる可能性がある。蹴散らせ」


「わかったから俺の尻尾から手を離してくれ」


ごくりと喉を鳴らした椿姫は、相変わらず無表情に近い主さまへ声をかけた。


「息吹さんに見守っていてもらいたかったけれど…」


「…あれをこんな危険な場所になど連れ出さない。お前の一挙手一投足、俺がちゃんと息吹に伝える」


愛情が滲み出るその返答に笑みを誘われた椿姫は、降下を始めた酒呑童子と共に、泉の傍らへと降り立った。


ーー清らかな光を湛えた泉は、不可侵の空気を纏っている。

本来ならば妖である酒呑童子も近付きたくはないだろう。


だが…こうして一緒に居てくれる。


「彼方様…」


「さあ、行け。俺はここに居るから」


周囲には、主さまが言ったように土着の妖の気配がしていた。

ただ主さまや銀や酒呑童子のような上級の妖ならば何の問題もないが、数が多ければ危うくるなる可能性もある。

実際上空では、何やら争い合う声が響いていた。


「行ってきます」


不安と恐怖ーー

これで恐ろしい呪縛から解き放たれなければ、酒呑童子と共に生きることはできないーー


身体の底から湧いてくる震えと戦いながら、椿姫は着ていた着物を脱いで一糸纏わぬ姿になった。


祈る。

ただ、ひたすら祈る。


酒呑童子と共に、最期を迎えるために。

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ファンタジー  妖怪    男目線  切ない  溺愛  きゅんきゅん 

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