主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
幽玄橋の前に立つ赤鬼と青鬼は、幼い頃からよく遊び相手になってくれた。

ほとんどその場から動かない2匹の元を訪れた息吹は、橋の向こうに見える平安町をちらっと見て2匹に笑いかけた。


「ただいま。これ作ってきたから食べてね」


「おお、俺たちのために作ってくれたのか?すまないな、味わって食うとしよう」


2匹にとっては小さなおにぎりだが、息吹が丹精込めて作ってくれた料理は何にも増して美味に感じる。

ぽいっと口に放り込んでもぐもぐしている2匹の間を擦り抜けて橋の真ん中に立った息吹は、そこから見える夕暮れの景色に見惚れて大きく深呼吸をした。

平安町に住む者も幽玄橋の真ん中までは渡ることはできるが、赤鬼と青鬼のところからは幽玄町を治める主さまの領域。

幽玄町に入り込んでしまえばもう一生平安町に戻ることはできないし、赤鬼と青鬼の恐ろしい形相と巨大な姿を見ただけで震え上がって、幽玄橋を1歩も渡ろうとしない者が多い。


「お前はここを渡ってもいいんだろ?だったら時々晴明の屋敷に遊びに行けばいいじゃん」


「ううん、主さまの元に嫁ぐ時にもう平安町には行かないって決めたから、ここが限界かな。…あっ、風呂敷が!」


脇に抱えていた風呂敷が風に煽られて舞い上がり、息吹が慌てて後を追いかけたが――風呂敷は幽玄橋を通り越して平安町の街道に落ちてしまった。

もう平安町には行かないと決めている息吹がまごついて、どうしようかとそれを見ていた雪男を振り返ったので拾ってやろうと思って歩み寄ろうとすると――


「きゃっ!?」


「!息吹!」


あと1歩踏み出せば平安町に入れるというぎりぎりのところに居た息吹の前を、砂埃を舞い上げながら馬が駆け抜けた。

驚いた拍子にしりもちをついた息吹に駆け寄った雪男が抱き起こすと、馬が嘶いて止まる。

もうもうと舞い上がる砂埃を吸わないように着物の袖で口元を覆った息吹の前に馬が戻り、声が降ってきた。



「すまぬ、怪我はされておられぬか」


「だ、大丈夫です…。ごめんなさい、私が驚いて勝手に転んだだけですから」


「…!?そなたは…静!?」


「…え?」



ようやく砂埃が収まって顔を上げた息吹の目に飛び込んだのは――鮮やかな朱色の甲冑。

同じく朱色の兜を被った男の表情はあまり見えなかったが、明らかに驚いた様子で絶句し、静と呼ばれた息吹はきょとんとした表情でその男を見上げていた。


雪男の真っ青な瞳が敵意に漲る強い光を浮かべた。
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