主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「あっ、ちょっと待ってて下さいね!」


まだろくに話をしていないのに、息吹が突然幽玄町の方へ駆けていった。

義経が止めるまでもなく呆然としていると、数分後戻って来た息吹の両手には、氷菓子が。


「義経さん、そんな格好で来ちゃ駄目ですよ。甲冑で火傷しちゃうかも」


「俺…いや、私は武士です。この程度で火傷などしたりしません」


数々の武勲・戦功を挙げた義経にそう言われるとそれ以上言い募ることはできなかったが、氷菓子を義経の手に押しつけて口に入れた息吹は幸せそうに笑った。


「おいしーい!ね、義経さんも食べてみて」


「は、はい。……ん、美味です」


「主さまや父様…晴明様とよく食べるんです。澄ました顔をして甘いものは実は好きなんですよ」


息吹の顔をよく見たい義経は兜を取って欄干に置いた。

そうすると息吹からも義経の端正な顔がはっきりと見えて、歓声を上げる。


「わあ、義経さんもてそうな顔してる!」


「息吹姫こそ可憐でお可愛らしい。…なぜ妖の妻などに?」


「主さまのことですか?話せば長くなるんです。話が長くなるとみんなが心配するから…」


現に幽玄橋の方からは、巨大な赤鬼と青鬼、そして尻尾が幾つにもわかれた猫又という妖がちらちらこちらを見ている。

息吹が無理矢理妻にされた様子もないし、息吹本人も主さまという百鬼夜行の主を慕って妻になったのは明白で、義経はため息をついた。


「先日あなたにお会いした後朝廷で道長殿からあなたのお話を聞きました。全てではありませんが、経緯は聞いています」


「道長様っ?お元気なんですか?私ずっとお会いできてないから…相模も元気ですか?帝も…」


矢継ぎ早に質問してくる息吹の必死な形相をまた可愛らしいと思いつつ、義経は怖ず怖ずと手を伸ばして息吹の細い肩に触れた。


「お元気です。あなたにお会いしたいと口を揃えておっしゃっておられた。…あちらへは渡れないのですか?」


「平安町へはもう…。相模は無理だろうけど、もしよかったら今度道長様をここにお連れして来てください。道長様は私が幼い頃から遊び相手になってくれた唯一の友人なんです」


「御意。…ああ、本当に見れば見るほど静に…いや、静以上に美しい。…あなたをここから攫ってしまいたいほどに」


――不覚にもどきっとしてしまった息吹が1歩後ずさる。

義経はその分1歩前進して、息吹の肩を指でなぞった。
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