胡蝶は馴れ馴れしく主さまの床の上に座り、ぽんぽんと布団を叩いて見せた。


「こちらにおいでなさい。昔はよく一緒に寝ていたでしょう?」


「…出て行け。俺の床にお前の匂いをつけるな」


「あら、つれない。私とは浅かならぬ仲じゃないの。一緒に寝る位なんだっていうのよ」


女性にしては背が高く、掠れた高い声が印象的で、胡蝶から流し目を送られてもぴくりとも反応しない主さまは、天叢雲を握る手に力を込めて音を鳴らせた。

胡蝶は仕方ないといった態で起き上がったが、主さまを挑発し続ける。


「私が何故ここへ来たのか、という顔をしているわね。私がお前の幸せを応援しに来ただけじゃないのよ」


「嘘をつけ。俺の幸せを壊しに来たんだろうが」


「そう思われているなんて悲しいわね。息吹というお前の妻はこんな早朝からどこへ行ったの?せっかく会いに来たのに」


「お前には会わせない。早く出て行かないと本気で…斬るぞ」


静かな殺気を纏った主さまの言葉が冗談ではないとわかった胡蝶は――こともあろうか主さまの枕に唇を押し付けて鮮やかな紅の痕をつけた。

そして猫のような動作で立ち上がると、居間に繋がる襖を開け放って山姫を驚愕させた。


「主さまの部屋から女!?…お前は…!」


「山姫…まだ十六夜の傍に居たのね。仲のよろしいことで」


鮮やかな紅葉の柄が入った濃い赤の着物を着崩して纏った胡蝶の姿を見た途端、山姫が身構える。

主さまは気まずい思いをしながらも無防備に背中を向けて草履を履いている胡蝶から目を離さず、振り返って笑われた。


「また会いに来るわ。お前の妻が居る時に」


「…もう二度と来るな。一体何をしに来たんだ」


「だからお前の妻に会いに来たと言ったわ。それと…」


そこで一旦言葉を切った胡蝶は、睨みつけて来る山姫と主さまを愉快そうに眺めながら、唇を吊り上げて笑った。


「私を袖にしたお前が一体どんな妻を迎えたのか興味があるのよ。お前は私の存在を妻に打ち明けることができるかしら?」


「……」


黙り込んだ主さまの反応に肩を揺らして笑った胡蝶は、ゆっくりとした足取りで主さまの屋敷を後にした。


残されたのは、呆然としている主さまと山姫――

そして、枕に残された鮮やかな唇の痕。

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