黒竜と魔法使い。~花檻の魔法使い~
唯一

 ソレを視界に捉えた時に――どうしてもっと早く来なかったのか…。
そう、後悔をした。

倒れていた、シルヴィアが。
眠っているのだろうと思ったが――彼女の顔が痛々しいまでにはれ上がり、唇は切れ、血がにじんでいた。

光竜が娼婦の子供を招き入れた――その理由はわからない。だが、それを聞いた瞬間――悪い予感がした。
そう、予感は外れない。
夜明け前の塔はひどく不気味で、微かにオレンジの灯りを見てとった。彼女の事だ――本でも読みふけっているのだろう。そう、ベルデウィウスは思った。
けれど、逸る焦燥感、扉を開け、灯りのある一室へ走った。

倒れていた彼女を抱え、そして――、後悔した。

 「………?」

ゆっくりと瞼を空けた少女は――ベルデウィウスを見てとり、微笑んだ。
晴れた頬で微笑まれた表情はすごくいびつで――、
「……あ、…すみません、…いま、かおひどくて…」
痛みをこらえ、薬へと手を伸ばす。が、

「静かに――」

柔らかい癒しの光が、シルヴィアに降り注ぎ、傷を癒す。痛みが引き、ぼんやりした眼差しがはっと意思を表すと、
「だ、駄目です!」
そう言って両手で顔を叩く。
「何をする!」
その叩く手を掴む。蒼白なシルヴィアはベルデウィウスに癒しの礼を伝えるが、「これは『罰』なんです。だから、魔法で癒すのは駄目なんですっ」と彼の手を振り切り己手の手でさらに顔を叩く。
「なにが罰だ!罰せられるにしても――」
「駄目なんですっ、駄目なんですっ」
ベルデウィウスに手を掴み、壁に押しとどめられたシルヴィアは涙をこぼす。泣き顔を見られるのが嫌で、うつむく。
「私は悪い子だから―――、だから、罰を受けなければならないんです。だから、魔法で癒してはだめなんですっ」
とめどなく流れる涙――。
「そのようなこと――私は知らないし関係ない」
「なんですか、それっ」
勝手なことをしないでっ、そうシルヴィアが叫ぼうとうつむいていた顔を上げた瞬間――。

漆黒の髪が頬を撫でる。
息が出来ない。唇を柔らかい――でも、かさついてて薄い…、温かい――何かが塞いでいる。

そう、目を見開き、己がベルデウィウスの口づけを受けていることに驚く。
身を捻るが、壁に縫いつけられたように動かない。
熱い、塊が口の中に入り込み、蹂躙するかのように動く。
そわりと背筋が震える。
捕えられた手首が軽くなったと気付いた時、腰を引かれていた。
さらに深く口づけをするように、後頭部を押さえ、

「んっはぅ」
「ちゅぅあ」

くちゅりとくちゅりと水音が立つ。
舌をからめ捕るベルデウィウスに翻弄され、抗っていたはずの身体からいつの間に力が抜けていた。
抱えられ、ベルデウィウスの気のすむまで口づけを受け――、呆然とした表情で彼の膝の上に居た。
唇からは二人の唾液があふれて、それをベルデウィウスは指先で拭う。

「………関係ない――」

耳元ので、伝える。
「私が、お前を癒す事に―――誰の意思も関係ない。私がお前を癒したいと思ったから癒す――触れたいと思ったから触れる――」
シルヴィアのより大きな男性の手。
それの手が、彼女の頬に触れる。

「どうした?何が罰だ?何をした?薬でも失敗したのか?」

彼女に問う声はひどくやさしく、

「そんなわけ、ありません。私の魔法は完璧で―――」

「完全、か?」
「そうですよ。漆黒の方」
「ベルデウィウス、だ」
「長いです」
ベルデウィウスは新緑色の柔らかなシルヴィアの髪に触れ、その質感を楽しむ。
「―――あの、またお友達が怪我をしたんですか?今薬が――」
「逢いたくて」
「え?」
囁くように――ベルデウィウスは告げる。

「また、逢いたくて…シルヴィアに――」

逢いたくて、触れあいたくて、言葉を交わしたくて――。

「そう、ですか…。でも、あの――」
口元を押さえて、もぞもぞと身体を動かす。
「わ、たしだって、一応女性ででしてね――。この態勢もちょっとどころでなく、恥ずかしいというか…あの、ですから」
ベルデウィウスの膝から降りようと立ち上がろうとするシルヴィアの細い腰に腕を回し、
「お前の身体に傷を付けるな。付けるなら付けただけ私が癒す」
「……あの?」
戸惑いが隠せずに、シルヴィアはベルデウィウスの瞳を覗く。
黒眼は――優しく見つめる。

(な、なんでこんな?)
事に?
と、困惑がさらに疑惑になる。

(びっくりだったりするのかしら?エセット?マルクセフ??誰の仕業?!)

数年間合っていない友の名を思い浮かべ、あり得ないことに笑う。
友人はセント・リリエルで既に高等学年だ。
小等学年の頃の友人だ―――シルヴィアを覚えているわけがない。

「……、あの、ベルデ、ウィウスさん?」
「なんだ?」
「どうして?貴方は――誰?」

こんな明け方に現れた男。
ローゼンフォルトの関係者だろうか?
関係者のくせに、こんな優しい眼差しで私を見るだろうか?

存在することが許されない――私を…。


シルヴィアの問いかけに、ベルデウィウスは戸惑う。
黒竜と、伝えたら――彼女はどう反応するだろうか?
光竜の事もある。
そして、魔法使いの助言――「竜であることを伝えるな」――、きっとあまり『竜』に対して良い感情を持ち得ていないのだろう。


 「私はベルデウィウス。―――お前の味方だ」
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