12ホール

日常。


「ねぇ?起きないの??朝から講義あるんでしょ?」
タイトなスーツを纏い、コーヒーを啜る女性がニュースを観ながら声を掛ける。

「そうだけど…眠い」

「起きなきゃ…あ…ねぇ…あの誘拐されてた女の子、保護されたみたいよ」
マグカップを渡しながらテレビに振り返る。

「ん…そう…」

「何処のチャンネルも取り上げてる…」
やっと身体を起こした青年は女性の頬にキスをする。

「もう行くから…鍵は持ってて…いつ来ても良いから」
キスに反応を示さずにバタバタと部屋を出て行く。

テレビでは、夥しいフラッシュの中で青年が助けた少女と謁見した代理人が少女の言葉を伝える。

「犯人達は拘束等はせず、自由にしてくれた。助けてくれたのは耳にいっぱい飾りを着けたお兄ちゃん…と話しています。念の為、検査入院しています」

「ま…子供の言う事なんて信じないか…彼女の言ってる事は正解なんだけどね」
テレビを消し、ジャケットを羽織ると部屋を出た。

合鍵なのだろう。
無地のカードキーを操作する。

(居心地は悪くなかったけどね…)
カードキーを二つに折り割るとポストへ入れた。

(俺が欲しいのは母親じゃないからね…財布の中まで調べたのか…)
数枚増えている紙幣に苦笑いを浮かべる。

エレベーターで一階に降りると、ジャケットの隠しポケットから学生証と数枚のカードを財布に戻すと大学へ向かう。
朝一の講義は本当なのだが、外見に合わせてランクの低い名前を告げてある。

(報告に行かなきゃな…)

溜息混じりに目線を落とす姿に朝帰り風の女性二人が青年を見て小さな歓喜の声を上げる。

その二人に笑い返す。

それが青年の日常。
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