FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~

Pandora - パンドラ -

 キリエを自宅に連れ帰ってから、丸3日が経った。


 その間彼女は眠り続け何度も魘[ウナ]され、時折「痛い」と呟いた。

 傷が疼くのだろうか、と思うもののそれを取り除いてあげる力も方法もないだけに、無力感が襲われた。


 自分のこの"能力"が彼女にも備わっていれば良いのにと祈るが、それも無理な話であった。



 3日間ほぼ睡眠は0で、付きっ切りで看病をしていた。
 昔自分が風邪を引いた時、彼女が看てくれたように。


 12年経ってもその可愛らしい顔立ちは健在で、あの時よりも更に綺麗になったとクレドは思う。

 今は閉じられて見えない瞳を早く見たい。
 今の彼女は一体どんな風に笑って、泣いて、怒るのか。
 どんな声で自分を呼ぶのか、触れるのか。



 クレドの中には目覚めて欲しいという心配の中には、少しの下心もある。



 それに、未だに首から下げられていたペンダントを見つけて、とても嬉しかった。


 彼女の中でもまだ自分の存在がいて、だからこそこうして頼って来てくれた。



 やはり自分には彼女が必要で、大事なのだ。





「……ここ、どこ……?」




 少し感慨に耽っていると、不意に下から弱々しい声が聞えてきた。


 ハッとなって眠っていたキリエに目をやると、彼女は眩しそうに目を開いて自分をぼんやりと見ていた。



「大丈夫か? 俺がわかるか…?」



 どう声をかければ良いのかわからず、少し躊躇っていると、そんなクレドを余所にキリエはガバッと起き上がり、思い切り彼を抱きしめた。


 いきなりの抱擁に驚いて、思わず何も言えず。


 しかし彼女はぎゅっと自分に抱きついて、言葉を紡いだ。




「会いたかった……っ会いたかったよぉ……」


 早速泣いている。

 昔と変わらない泣き方だ。


 キリエは泣く時相手に縋り付いて、嗚咽を我慢する癖がある。


 成長した好きな少女に抱きつかれ、嫌な気分など微塵もない。

 クレドも彼女に倣い、ぎゅっと抱きしめた。



「俺も、会いたかったよ……」



 昔から180度変わった自分を一目で見抜いてくれた。

 絶対に自分がキリエを迎えに行くんだと決めていたのに、彼女の方から捜して会いに来てくれた。



 そのことに言葉に表せないくらいの歓喜をも感じる。




 キリエは改めてクレドを腕の中に感じると、安心に目を細めて、暫く泣き続けた。


 彼女の翡翠の瞳から溢れる雫が止まる頃には、もう意識もはっきりと覚醒したらしく、落ち着いて話せるようになっていた。



「怪我……大丈夫か? まだ痛む?」



 労わるようにそっと顔を覗くと、キリエは濡れた瞳は細めた。



「大丈夫。自分で治せるから」



「……自分で?」



 妙に違和感を覚える言い方に首を傾げる。


 キリエは布団から自分の身体を抜くと、患部のガーゼや包帯を取っていった。


 消毒液は必要だろうか、そう考えて立ち上がろうとしたクレドは目を見張る。



 キリエは損傷の酷い右足に、そっと手を翳した。


 そしてあろうことか、その手の平と右足の間に彼女の瞳と同じ翡翠の光がぼうっと灯った。

 手の平から発されているのだ。



 クレドの記憶の中には、その光景と類似する場面を過去に数回見たことがある。

 その怪我はみるみる内に傷を消していき、やがては綺麗な肌色になった。




「……キリエ、お前まさか」



 コクンと頷いた彼女は、そっと目を伏せる。




「――わたしはパンドラ、だよ」







――パンドラ――。


 世界に一握りしか生存しない特別な能力を司る者。
 過去の偉人はそれを"パンドラ"と名づけた。


 超能力すらも軽々と超えていく力。


 先程キリエが使ったのは恐らく"治癒のパンドラ"だ。


 パンドラとは一種類には纏められず、八百万[ヤオヨロズ]の能力を秘めている。


 そんな者達は重宝扱いされ、人身売買にかければ五万という資金が手に入る程だ。




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