かぐや皇子は地球で十五歳。
第3章 転校生と黒猫ちゃん。

「さて…ど───────したものか。」

 思えば昨日は最悪な一日だった。朝からクラスの笑い者にされ、立川に絡まれ、雅宗に弄られ、終いには死者をぐっちゃぐちゃに斬殺した血塗れの俺をゆかりに見られてしまった。夢だったのだと思ってくれれば有り難かったが、現実はそう甘くない。結局ゆかりは今日一日学校へ姿を現さなかった。これには説明が必要だ。ゆかりを怖がらせないように、俺を信じてもらう弁明が。
 今日の午後は個人面談が設けられたが、出席番号の古い俺とゆかりは明日に回され、四時限で下校が許された。担任の山代に手渡されたプリント用紙を片手に、眞鍋家を見上げること10分。

「君……誰?うちの娘の新しいストーカー?」

 俺の肩を叩いたのは、買い物袋で両手を塞いだ白人ハーフの熟女。俺の脳のゆかりセンサーが瞬時に分析を開始した。緩くまとめられた栗毛。白肌に猫口。上目遣いのエロさ…!
 何より美女!間違いない、ゆかりのお母様ではないですか…!
 いけ、俺!美少年モード発動!

「僕、ゆかりさんと同じクラスの湯浅です。担任の山代先生から明日提出期限の用紙を預かってきました。お見舞いも兼ねて、少しだけお話ししたいのですが…難しいでしょうか。」
「同じクラス……?制服違うけど。それにどうみても君、高校生だよ。怪しい~、学生証見せな!」

 さすが、ゆかりのお母様!疑り深い!だてにゆかりの処女守ってなーい!
 ええい!賢者モード召喚!
 背筋伸ばして学生証、はい!

「急に転校が決まったので、制服が間に合わなくて。怖がらせてしまってすみません。」
「ふぅう~ん?……うん、桐晃学園の生徒で間違いないな。転校生かぁ…。」
「ゆかりさんの具合が良くないのでしたら、無理はいいません。この用紙をお渡しいただけますか?後、つまらないものですが、ケーキを…」
「ケーキだと!?交渉成立!いらっしゃいませ、イケメン転校生!昼飯食べていきな!」

 餌で釣れたよお母様!現金だな!
 交渉成立すれば話は早い。背中を強引に押され、心の準備が出来ぬまま玄関の扉が開かれ…────────

「黒猫ちゃん、待ってよぅ~!」

 待ち構えていたのは真っ白なワンピースを身に纏い、黒猫を胸に抱いた絶世の美少女。風呂上がりなのか頬は紅く上気し、生乾きの栗毛が白い肩で揺れている。

(エロ…──────────!!)

 賢者モード崩壊!おい、そこの黒猫ゆかりから離れろ!その鎖骨の下みたい─────!!

「ゆ、湯浅くん…───。」

 黒猫はゆかりの手を離れ、俺の足へと擦り寄った。ゆかりは俺と目を合わせることなく、母親の後を追いリビングへと消えていく。
 心底怯えた瞳。俺を拒絶する声。死者を闇に還した報いなのか、胸が斬り裂かれるように痛む。

(やべ……泣きそう。)

「にゃーご。」
「おぉ、イカスミ…俺、頑張るよ。」

 心配そうに見上げる黒猫を拾い上げ、覚悟を決めた俺はゆかりの後を追いかけた。

「いやぁ、万年ぼっちなゆかりにお見舞いに来る同級生がいるなんて…しかも、メンズ!イケメンズ!」
「お母さん!一言、二言余計!」
「すみません…お昼まで呼ばれてしまって。」
「なにいってんの~!昨日の夕飯ゆかりが食べなかったから大量に作ったコロッケ余ってんのよ!一人三個!ノルマだからね!」

 今朝デパ地下で買ってきたであろうお惣菜を囲い、テーブルの中央にはキャベツの千切りを下敷きにコロ助顔負けのコロッケ達が山積みされている。

「この娘、風邪なんかひいてないわよ~?昨日、ボランティアか何なんだか夜遅く帰ってきて、疲れて寝過ぎただけ!」
「ボランティア…?栗林か?」
「う、うん…。」

 なるほど、向かいに座るゆかりは仮病をつかって休んだことを忘れ、ムシャムシャとコロ助顔負けにコロッケを消化していく。
 俺はというと、これから何をどこまで話すべきかを愚考し、ゆかり母の貴重な手作りコロッケも大して口をつけられなかった。

「まあまあ転校生、そう固くならずにゆっくりしていってね?」

 アメリのケーキをいたく気に入った上機嫌のゆかり母。気を利かせ麦茶をのせた盆を手渡し二階へと上がる階段を進めてくれたが、先に階段を上がるゆかりの震える白脚を前に逃げたい衝動にかられた。


「どうぞ、入ってください。」
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