かぐや皇子は地球で十五歳。
第2章 転校生の最悪な一日。
 急な階段を駆け下り路地を抜け国道を突き進む。片側車線ほどしかない狭い坂道を登ると三分ほどで学園敷地内の煉瓦道が姿を現した。視線を赤煉瓦に下向けたまま歩いても、群青色のスカートとズボンはいやでも目に入ってしまう。黒いブレザーに真っ赤なネクタイとの色のコントラストは吐き気がするほどダサい。ゴールデンウィーク明けには己も着るのかと思うとげんなりしてしまう。

「おはよう、湯浅くん!」
「晃くん、おはよう~!」

 今日も朝からご機嫌ですね、女子の皆さん。群青色の膝丈スカートが芋臭くてお似合いです。爽やかな笑顔を振り撒いてあげますので、どうかそれ以上近付かないでください。

「げ…眞鍋じゃん。」
「マジ消えろよ~。」

 え!あ、本当だ!うあ、眩しい!
 アニメより可愛い女の子って現実に存在するんだなぁ。憂鬱そうに下駄箱で靴を履き替えるゆかりはオーバーレイをかけたように周りの色彩を明るく塗り替えていく。何故こうも他の女子と違うのだろう、校則を規律正しく着こなした制服は清純な香りを湧き立たせている。
 エメラルドグリーンのスカートが全身で処女を物語る聖堂女みたい!

「貧乳女がみすぼらしいんだよ!」

 貧乳?貧乳の何がいけないの。
 むしろ発展途上は成長期の醍醐味だろうが。わからないかなぁ、制服のシャツがブカブカで隙間からブラが見えそうなとことか萌え萌えでしょうに。第一、あの顔とスタイルで巨乳だったら全男子生徒が机から動けなくなっちゃうよ?現に今、美味しそうなふくらはぎを追っかけてる男子約5名。夜だったら峰打ちでも殺してるぜ。

「ゆかり、おはよう。」
「お、おはよう。あの、湯浅くん、ち、ちょっと近いから…」

 おぉ、危うくおはようのキスをするところだった。遠巻きの女子が愕然と膝を震わせている。そして女子の憎悪はゆかりへ直送便。その憎悪は俺へ返品され、とびきり愛らしい顔でゆかりは俺を睨み付けてくる。そんなに俺を目の敵にしなくても、元々女子に虐げられてるでしょ。その美貌で友達とかまず無理だから諦めなさい。

「おはよう、眞鍋さん!朝から熱いわねぇ。」
「え?あ、違っ、お、おはよう。」

 ゆかり、挨拶だけにキョドりすぎだ。栗林慶子でなければドン引きだぞ。

(何なんだ……?この女。)

 ゆかりのアンチ・コミュニケーション力をもろともせず、会話遮断機を素手で乗り越えて突っ込んでくる。本気で友達になりたいのか、無神経なのか何なのかわからない。
 そして不可解なのが昨日の始業式後に起きた女子生徒骨折事件と栗林の接点。トイレから悠々と一人戻ってきた栗林に対し、ゆかりは尋常ではないほど怯えていた。確かにあのタイミングでは栗林が犯人と疑われてもおかしくはないが、怪我をした当人は「転んだだけ」だと意見を変えていない。また別件でトイレで何か起きていたのか…─────

「眞鍋さん困ってるじゃない。手を離しなさいよ!」

 そして俺へ向ける冷徹な瞳、半端じゃない。俺何かした?あ、ゆかりの手を繋いでたのか。だってちっちゃくてふにふにしてて、ずっと触ってたいんだもん。栗林こそそれ以上近付くな。ゆかりが仔猫ちゃんみたいに小刻みに震えて可愛いすぎるだろうが。俺もう、昨日から興奮しっぱなしでお疲れなんですよ。
 
(一時限目は……社会か。)

 机に早々と教科書を広げ腕枕をセッティング、睡眠臨戦態勢でホームルームを待った。腕に頬を預け目の端で捉えているのはもちろん、ゆかりのゆるふわ栗毛。食べたら口のなかで甘くほろけそう。あ、その髪耳にかける?白いうなじが見え隠れ。な、舐めたい…あのコロコロと可愛い声で喘がれたら俺の脳天焼け焦げるな。あぁ、もう早くどうにかしたい。

(まっ………たく、眠れん。)

 斜め前の性対象がエロすぎて無理。

「この、エロ転校生が。朝から盛るなよ。」
「あ?」

 美しき彫像と俺の狭間に群青色の影が現れた。捨て台詞だけ吐いて俺に背を向けたその男子が向かった先はあろうことか…

「眞鍋さん、大丈夫?転校生早くもストーカーみたいな顔してるよ、警察いっとく?」
「さ、坂城くん…!」

 なななななななな、なんだこいつ…!
 今、ゆかりの右肩叩いた?俺まだそこ触ったことないのに!俺の天使ちゃんに馴れ馴れしく話しかけんな!ゆかりだって困ってんだろうが──────…あれ?何その上目遣い。頬をほんのりピンク色に染めて超エロい。待てまて待てまて待て、状況を把握させてくれ。なんでゆかりがこんなアホ面男子に色目つかってんの。坂城っていったっけ、なんでまたこいつもゆかりに上目遣いされて正気でいられんの。一般男子ならトイレに駆け込んでるところだよ。

「どした?転校生。フリーズしたか?俺、坂城ね。よろしくな、えー…とあきら、だっけ?」

 呼び捨てしないでくれる!?
 周りを見渡せばどうやらホームルームが終わり休憩時間のようだ、立ち竦んだまま動けない俺をクラスメイトが見上げている。

「ゆ、ゆかり…何!?こいつ!」
「何って……坂城くんは…」
「ゆかりちゃんとは2年から同じクラスなんだよ、ねー?」
「うん…。」

 「眞鍋さん」から、さらっと「ゆかりちゃん」に刷り替えた!ゆかりちゃん、なんでまたちょっと嬉しそうなの!

「あきらぁ、お前のストーカーっぷりにクラス中がドン引きしてるぞ。少しは慎みたまえ!」
「な、なにー!」

 教室内爆笑。立ち眩みする俺。ゆかりがこっち向いてクスクス笑ってる。うわぁ…声だして笑うゆかり初めて見た。愛らし……!俺がトイレ駆け込みたい!



「初めまして、4月に転任してきました社会科担当の立川祐輔です…………って、あれ君、どうした?」
「え?」

 どうやら坂城の言う通りフリーズしたまま一時限目に突入したらしい。クラスメイトの好奇な目は相変わらず俺へ向けられているが全員着席している。教壇に立っているのは、まだ教師になって間もないような童顔の若い男だ。パーマがかった今時のヘアスタイルににやついた口許は教師というより遊び人称号をつけてやるべきでは──────…

「え──────────!!」

 な、何故貴様が此処に!?

「教師に向かって指差し絶叫?そうか、そんなに教科書読みたいか、仕方ないなぁ、では表紙から好きなだけどうぞ!」

 教室内再爆笑。立ち眩みする俺。ゆかりがこっち向いて笑ってる。
 愛らしいぜ、畜生……。
 


< 6 / 58 >

この作品をシェア

pagetop