セク・コン~重信くんの片想い~

9話 感激!アオイからの誘い


(ったく、俺は一体何やってんだ……)
 重信は、鼻のてっぺんまで湯船につかるとブクブクとあぶくを出した。
 今、彼の頭の中には、昼間のアオイと永遠子のやり取りが反復して回っていた。
 アオイの好きな人が永遠子かもしれない、という予感が、今日で半分は事実だと確信したようなものだ。
 とはいえ、堪えきれなくなってあの場を嘘までついて逃げ出してきたことを考えると、
(あれじゃ、俺が永遠子ちゃんにヤキモチ焼いたみたいだろが……!)
と、後悔せずにはいられない。
(くそっ)
 頭に横切った不吉な考えを一掃しようと、重信は今度は頭のてっぺんまで湯の中に沈み込んだ。
(お、俺はヤキモチなんて焼いてない!)
 無理矢理自分に言い訳をしながら、そんな自分につい恥ずかしくなって、勢いよく湯船から立ち上がった。
「しっかりしろ、俺」
 そう一人気合いを込めてタオルを引っ掴んだ瞬間、洗面台の傍に置いたままにしていたスマートフォンが鈍い音を立てて震え始めた。着信用バイブレーションだ。
 取り敢えず、タオルを腰に巻き付け、重信はスマートフォンの画面を確認する。
(アオイ!?)
 湯冷めすることも構わず、慌てて電話をとると、
「はい」
なんて、やけに冷静を装った声で答えてみる。
『あっ、ハギ? わりぃ、今大丈夫?』
 心地よいアオイの中性的な声が電話ごしに響いた。
「ああ。なに?」
 我ながら素直じゃないな、と重信は表現下手な自らを情けなく思いながら、きっとアオイは今、無愛想そうな自分の声を聞いて嫌気がさしているに違いないと思う。
スマートフォンを肩で挟み、苦戦しながらもなんとかスウェットの下とTシャツを被ると、重信は乱雑にタオルを首に引っかける。
『あー、いや。別に用って訳でもねぇんだけど……。ほら、今日お前、なんか様子変だった気したからさ』
 重信は、片手で髪をこすっていたタオルの手を止めた。どうやら、誰も気付いていないと思っていた重信の僅かな様子の変化に、アオイだけは気付いていてくれたらしい。無意識に重信の口元が緩み、そのまま黙り込んでしまった重信に、
『おい、ハギ?』
と、アオイが心配そうに声を掛ける。

「あ、悪い。俺そんな変だったか?」
 アオイの気に留まっていたことに、つい舞い上がりそうになる重信だったが、アオイにそれを悟られる訳にはいかないので、なるべく声を抑えて言った。
『いや、変っつうか何つうか……。さっさと一人で帰っちまうし、体調でも悪かったのかなって、ふと思ったもんだから』
 ますます口元が緩むのを必死に堪えながら、重信はそれを誤魔化すように、タオルでごしごしと自らの頭をこする。
「なんともない。ほんとに用があっただけだ。急に帰って悪かったな」
 本当は、用なんて無買った上、単に永遠子にヤキモチを焼いて帰ったなんて口か裂けたって言えやしない。
 けれど、アオイが重信のことを気に留めてくれている事実を喜ばずにいられるだろうか。
『そんなら別にいいんだけどさ。ってかさ、今週末に予選大会あるっつったじゃん? ハギの予定がなけりゃ、美雪と恵太と一緒に観に来るか?』
 思いがけない誘いだった。まさか、アオイ本人から、直接こんな言葉が聞けるとは重信も考えていなかった。

「行っていいのか?」
 すぐにでも行くと返事したい気持ちはあったものの、重信の頭には永遠子の姿がチラついてどうもだめだ。
(アオイはたぶん、永遠子ちゃんと両想いだろうしな……)
 なんて、マイナスなことを考えていた矢先、
『あ? 俺が声掛けてんだから、いいに決まってんだろ。っつうか、来たくねぇなら無理にとは言わねぇけど?』
 出た、アオイの強気発言。重信は、うっとして一時黙り込む。やばい、さっきの重信の曖昧な発言か、アオイの怒りのスイッチに触れかけているらしい。
「い、いや。待て待て。俺が言いたいのは、永遠子ちゃんのことだよ」
 慌てて取り繕おうとするが、ついつい永遠子の名前が口をついて飛び出してしまう。
『永遠子? なんであいつの名前が出てくんだよ。言ったろ、あいつは中学んときのただのクラスメート。たまたまバイトで一緒んなって、やたらオレに絡んでくるけど、気にすんな』
 アオイの言い方からすると、つまり、アオイと永遠子は付き合っている訳てはないらしい。……が、そうすると、アオイの好きな人とは?
 永遠子とアオイがなんでもないことを知った嬉しさと、新たな謎が浮かび上がった不安とで、重信は複雑な気持ちでいっぱいになる。

『ってかさ、単にオレがハギに来て欲しいってだけかもしんねぇ……』
「へっ?」
 呟くように言ったアオイの言葉が、一瞬理解できず、重信はスマートフォンを握り締めた。

『ほらさ……。オレ、一応ハギとはダチかなって思ってる訳で、ダチなら互いの趣味とか知っててもいいっつうか、なんつぅか。って、オレ何言ってんだか』
 ぽつりぽつりと、言葉を懸命に紡ぎながら話すアオイに、重信の心は大きく揺さぶられた。今、目の前にアオイがいたならば、自分がどんなことを口走ってしまっか分からないと、重信は思う。ひょっとしたら、自分がゲイであることも、アオイを好きになってしまったことも、何もかもを話してしまったかもそれない。彼がそれを知った後、どんな顔をして離れていってしまうかも考えずに……。
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