主役不在
主役不在
 素直になることが、格好悪いと思って、つい心にもないことを言うことが日常になってしまって、いまさら素直になれない。

「いってらっしゃい」
「ああ」

 そんな簡単な会話でしか、私達夫婦はコミュニケーションができなくなってしまった。

 大好きなのに。
 愛してるのに。

 そういう気持ちを出すのは、格好悪いと思って、隠してしまう。
 夫の、そういう気持ちに応えるのも恥ずかしくて、気づかないふりをしてしまう。

「お母さん、お父さんの誕生日、もうすぐだよね」
「そうよ」

 今年10歳になる娘に言われ、私は微笑む。
 もうすぐ、彼の誕生日。
 私は、その日に素直に日ごろの思いを伝える決意をしている。


 娘と二人で、内緒で準備をした。
 その日の夜、夫が帰ってきたら、誕生日パーティの決行だ。

「今日は何時頃帰るの?」
「そうだな、9時頃かな」

 夫はそう応えた。

「そう、いってらっしゃい」
「ああ」

 いつもと同じように送り出した。
 今日は、素直になろうと思う。
 日ごろの感謝を伝えたい。この日、生まれてきてくれてありがとうと伝えたい。


< 1 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop