涙。
涙。
涙。



『どうして人は泣くのだろう。』

私はずっと不思議に思っていた。

私はある日おばあさんに教えてもらった。

『涙はねぇ、いろんなことででるんだよ。悲しい涙、辛い涙。嬉しいときにも涙はでるんだよ。』

おばあさんは優しく微笑んだ。

私は所詮心を持たないお人形。

何故泣くのか。何故笑うのか。

そんな感情は知らなかった。

・・・知らないままが良かった。

目の前に横たわるおばあさん。

おばあさんはすでに冷たくなっていて、何度揺すっても起きてくれなかった。

 何で起きないの―――?

不思議な気持ち。

ぞっとするような、とにかく気持ちの悪い気持ち。

私は走った。

家の中を走り回った。

たまに来てくれる女の人を探して。


・・・結局私は無力だった。

女の人は居なくて、あれから数日が過ぎた。

おばあさんの体は腐敗してしまって異様な匂いを漂わせている。

突然部屋の襖が開いた。

「なにこの匂い!って・・・お婆ちゃん!?」

いつもの女の人は腐敗したおばあさんを見て悲鳴をあげた。

「理恵!、何で電話使わないの!?」

電話・・・なんて、私は女の人の電話番号を知らない。

「とにかく・・・警察!?」

女の人は慌てて携帯電話を取り出した。

 暫くしたら、何人もの男の人が家に入ってきた。

「あー・・・何故こうなったか分かりますか?」

「それは私にもわからないんです・・・多分、理恵ならわかるかもしれないんですけど・・・」

男の人は私を見た。

静かに近づいてきた。青色の服をきて、いろんなものがあちらこちらのポケットに入っている。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「・・・・?」

私は名前があったのだろうか。

固有名など私に存在していたのだろうか。

私は・・・・。

「あぁ、その子だめですよ」

女の人は忌々しそうに男の人に告げた。

「その子、心が無いんですよ。なんていうんでしょうか・・・感情が欠陥してるんですよ」

私の名前・・・。

「理恵」

「「え?」」

女の人と男の人は同時に声をあげた。

「私の名前、は、理恵」

男の人はせっせとメモを取っていた。

「理恵・・・まさか・・・」

私は何故『自分の名前』と断言できないものを言ったのだろうか。

「私には基礎知識がありません。なので一個ずつ教えてもらわないとあやふやな表現でしか言い表せません。」

そう。私には『言葉』と『感情』が足りない。

それを埋め合わせなければいけないと本能で思った。

「じゃあ、あやふやでいいから話してくれるかな?」

「雨が降ってました。おばあさんに会うために襖を開けました。おばあさんが静かに横になっていました。揺すっても、返事がありませんでした。どんどん冷たくなって、最後には腐敗しました。」

男の人はうなずいて、私のいったことを少しずつ問いかけに変えていった。

「静かに横になってたときには、死亡してたのかな?」

「分かりません・・・」

女の人は男の人にいった。

「多分・・・理恵は死というのを知らないんだと思います」

今。初めて聞いた。

『し』とは何だろう。おばあさんの言っていた『詩』とは別のものだと思う。

女の人は私に淡々と説明した。

「命が絶えることよ。花で言うと、枯れてしまう事」

「枯れてしまっては同じ花は咲かないです」

女の人は溜息をついた。

「だから、そういうことよ。命が絶えるって言う事はその物によって『オシマイ』という事なのよ」

お終い。無くなってしまう。すべての終わり。

おばあさんは、終わってしまったの?

おばあさんは、枯れてしまったの?

あのときにはすでに、終わっていたの?

私は頬が濡れているのに気がついた。

「理恵・・・」

静かに流れるその雫は、頬と服を濡らしていった。

「おばあ・・・さん・・」

私は腐敗したおばあさんに近づいた。

「おばあさん・・・もうおしまいなの?お話の続き、聞いてないよ?ねぇ、ねぇ・・・」

おばあさんにはもう触る事のできないようになっていた。

「感情を・・・取り戻した・・・」

女の人は私を抱きしめて眼から水を流していた。

「これは・・・なんていうの?」

「涙っていうのよ」

前におばあさんの言っていた涙のお話。

女の人はどちらで泣いているのかわからなかった。

その時も、おばあさんが死んだときのように雨が降っていた。

まるで、私の流している涙と一緒に落ちていくように。
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