白狐のアリア

1 「白火」

 とある山の頂上に、見目美しく装飾の施された屋敷が建っていた。その一室に、幼い子供の声が響く。

「犬神(いぬがみ)!」

「……なんだ、狐臭いと思ったら、藻女(みずくめ)か」

「なんだとはなによぅ! お兄さまかと思った? 白火(はくび)お兄さまはあっち。牛鬼(ぎゅうき)のおじちゃんとお話してるわ。私、呼んできてあげる!」

 藻女と呼ばれた幼女は、幼いながらも美しい顔立ちをしており、将来は誰もが振り返る絶世の美女となることは疑いがない。
華やかな牡丹と蝶が縫い取られた着物と、それに合う趣味の良い被布を着た少女には、だが、目を引くものがあった。

 その小さな尻から、太い金色のふさふさの尾が生えていたのである。

 尾の数は2本。先端は白銀に染まっており、少女が一歩踏み出すごとに、薄桃色の彦帯と一緒にご機嫌そうにブンブンと左右に振れる。

 それが狐の尻尾であり、幼女――藻女の体に生えているということは疑いようがなかった。

 また、尻尾と同色の髪から形のいい三角形の耳が、彼女の頭にその存在を主張する。

 かく言う犬神の方も、一般に人とは呼べないものがある。白く長い髪に逆らうようにして生える、頭の上の2つの耳。

 ただの耳ではない。

 犬神というのだから、その名のとおり、犬の耳なのである。彼にも、羽織の下から髪と同色の犬の尻尾が出ていた。

 この屋敷にいる者は、誰ひとり、“人間”ではなかった。
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