ボロアパートにて
「いりませんっ!」

奈々子は声を荒げた。
ドアを脚で押さえて、新聞屋は食い下がる。

「お試しってコトで!」

力一杯に引くが、女の力ではびくともしない。

「ね、洗剤も……」

そのとき、野太い声が廊下に響き渡った。

「何をしている!」

……お隣の高井さんだ。

ガタイが良くて無口で、ちょっと怖いと思っていたけど、この状況では頼もしく見えてしまう。

急場をしのぐ嘘とはいえ、高井はとんでもないことを口走った。

「家に何の用だ?」

「ダンナさんですか。新聞を……」

無骨な指が駅売り紙を突きつける。

「間に合ってる」

奈々子の部屋へ無遠慮に入りこんで、彼は乱暴にドアを閉めた。

靴も脱がずに小声で囁く。

「あいつがいなくなったらすぐに帰るから」

大きな肩幅を精一杯にすぼめた様子は……

(悪い人じゃないわ)

奈々子は彼を促した。

「助けてもらったお礼に、お茶ぐらい出すわ」

引かれるまま上がりこんだ高井は、壁際に置かれたベッドを見て低く呻く。

「やっぱり……」

「何が?」

「そっちに置かない方が良い」

「なんで?」

「迷惑なんだよ! あんたの彼氏が来たりすると……」

その言葉に奈々子は思い当たった。
壁一枚向こうはこの男の部屋だ。

「ああっ! こっ、声とか……」

高井が小さく頷く。

奈々子は掌に浮かんだ汗を握りこんだ。
ここにベッドを置くように指示したのはカレシだ。
……聞かせて喜んでいた?

「……誠実とは言いがたい男みたいだな」

奈々子が小さく唇を噛む。
遊びかもしれないことは気づいていた。他に女がいることも……

「それで? あんたは良いようにされっぱなしか」

彼が一歩近づく。
肉体系の仕事なのだろうか、汗がふわりと匂うが不快な感じはない。
むしろ広い肩幅に似合うその香りが、媚薬のように奈々子を侵してゆく。

無意識の所業だった。

飛び込むように……男の両腕に受け止められる。

「腹いせに浮気か? だが、相手は選んだほうが良い」

小鳥を捕えるように、腕が優しく締まる。

「俺が本気だったらどうする」

「だって、挨拶ぐらいしかしたことがないのに?」

なぜこんなに震えるのだろう。体が……ううん、心が震える。

「あんただけなんだ、俺のことを真っ直ぐに見て挨拶してくれるのは」

 奈々子は頼もしい肩に腕を回した。
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