隣に座っていいですか?
心に線を引きましょう


そう
本当に本気で就職活動をしようと思っていたのにっ!


「郁美!おばさんが救急車で運ばれた」

桜が散り 花も緑も息づいて
となりの桜ちゃんの遠足も来週に迫った、ごく普通の金曜の夜。

達也が走って叫び
店に飛び込んで来た。

「お母さんが?」

お客さんも途絶えたので
今日は早めにのれんを下ろし
レジのお金を数えようとしていたけど、達也の声に頭がパニック。

「どうして?何があったの?」

「いや……」
口ごもり
下を向く達也。

何か知ってるの?

「ねぇどうしたの?お母さんどうしたの?どこに運ばれたの?命は大丈夫?」
崩れそうな身体で達也に詰め寄ると、お父さんが家の中からやってきた。

「悪いけど郁美を連れてってくれるか?」
冷静なる声。

さっき電話きてたけど
もしかしたら
お母さんの事で?

「お父さん。お母さんがどうしよう。救急車って……」
声が裏返る
身体が震える。

「いいから行って来い」
怒ったような声を出し
お父さんに追い出されるように達也と店を出て、そのまま達也の車に乗る。

「達也。お母さんはどうなってるの?どうしてお父さんは来ないんだろう。だって、救急車……」

自分でもワケわからん発言になる。

あぁ
お母さん。

救急車って

いったい……。

まだ
お母さんと話をする事がたくさんある。
教わる事もたくさんある。

お母さん。

黙り込む達也の隣で
私はずっと泣いていて

車が停まり
近くの救急病院に着いて
看護師さんに病室を教えてもらい、そのまま走って病室に入ると……。

母は居た
隣りの恵子おばさんが母の枕元に座り、母はベッドに横たわり
その腕にぐるぐる包帯を巻きながら

おばさんと楽しく会話していた。
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