春秋恋語り

7 ハッキリしてください



”今後、他の見合い話があっても全部断ってください”


あの……と言ったっきり、言葉に迷う私に田代さんはこう言ってくれた。



「僕の気持ちは決まっていますから、鳥居さんの返事を待ってます」



私が返事を保留したことで、帰りの車の中は気まずくなるだろうと思ったのに、行きと同じような会話が続いていた。

少し違ったのは、田代さんが自分の結婚観を話してくれたこと。



「これまで、積極的に結婚したいと思わなかったんです。 

一人でも生活に不自由はないし、飲み友達もいますから。

結婚なんて面倒だと思ってたのが、叔父の紹介で鳥居さんと会って気持ちが変わって、

でも僕の転勤で白紙になって諦めていたんですが……」



帰国して思いがけず再会できて、これが縁なのかと思ったそうだ。



「同僚でも独身のヤツはいっぱいいます。みんな自分の生活を楽しんでいます。

家族持ちの方が大変そうですね。僕もそう思っていました。

だけど、鳥居さんと会ううちに、一緒に過ごす人がいるのもいいものだと思えるようになって」


「どうして私なんですか? もっと若い人だっているのに」


「同じ年代だからいいんです。そう思いませんか?」


「えぇ、そうですね」



明日が無理なら他の日にまた会いましょうと言われ、週明けの火曜日、また田代さんと会った。

田代さんへの返事はまだだが、日曜日に会った叔母の紹介相手には断りを入れたと告げると、田代さんは嬉しそうな顔をした。

御木本さんを忘れられないのに、田代さんといるとそばにいてくれる安心感から、気持ちが寄り添っていく。

その日、私たちは手を繋いで街を歩き、別れる前にキスをかわした。



私はどうしたいのか……

このまま、田代さんと進んでいいのかな。

キスもしちゃったし、次はそれだけじゃないわよね。

私が 「はい」 って返事をすれば、次のステップに進むのは間違いない。


すぐにでも両親にご対面かも、ウチの親なんて喜ぶだろうな。

で、トントン拍子に進んでいって、入籍、新生活がはじまって。

そうだ、結婚式もやるのかな。

仕事をやめるか続けるか、悩むところだけど、田代さんはどうだろう 

「家にいて欲しい」 って言いそうね。 

専業主婦には憧れがあるから、それもいいかも。

一度はやってみたい 『三食昼寝付き』 

なんて、そんな呑気なもんじゃないだろうけど……

お昼を食べ終えて、机に肘をつきながら私の想像は膨らむばかり。

妄想は田代さんとの新生活にまでおよんで、すっかり優雅な主婦になりきっていた。

それなのに、最後に浮かんでくるのは御木本さんの顔なのだ。

はぁ……と、今日何度目かの深いため息をついた。



「何の悩み?」


「えっ? うん、人生の悩み」


「あら、いいわね。聞かせて」



君山さんが面白そうに顔をのぞきこんでいる。

「今日の夕方あいてる?」 と聞くと 「うんうん、今日は大丈夫」 とワクワク顔で返事があった。



仕事を定時で切り上げ、待ち合わせて出かけた。

こういう話はね、勤務先から離れた場所の方がいいのよ、とは君山さんの意見で、 

職場からほどよく離れたホテルのラウンジの、一番奥の席に陣取った。

彼女は、私が御木本さんと付き合っていたのを知っている。

彼の転勤で疎遠になったのも感じているようだ

常務の紹介で会った田代さんと、結婚を前提の交際になりそうだと伝えた。



「で、何を悩んでるの?」


「田代さんでいいのかなって……」


「鳥居さんはどうしたいの? どうなりたい?」


「うーん、決められないから悩んでる」



ふぅ……と、困ったように私を見る君山さん。

どうしたらいい? とすがる目を向ける私。



「御木本さんに気持ちが残ってるって、気がついたんでしょう?」


「うん……」


「でも、彼の気持ちがつかめないから、こうして悩んでるのよね。田代さんは積極的なのに」


「うん、そうなの」


「御木本さんが、バツイチだってのがひっかかってるとか?」


「ぜんぜん」



掛け合いのような言葉に、顔を見合わせて笑いが出た。

運ばれてきたポットから紅茶を注ぐと、フレーバーティーの香りがあたりに広がり、香りを楽しむため大きく息を吸った。

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