春秋恋語り

8 春がきた



冷たくて気持ちいい。

オデコだけじゃなくて、ほっぺたにも触ってほしいな。

体中が夏の太陽に照らされているみたいなの……


時々触れてくるのが御木本さんの手だとわかるまで、ずいぶん時間がかかった。

薄っすらと開けた目の前に心配そうな顔が見えて 「どうしてここにいるの?」 と とぼけたことを聞いていた。

問われた顔が照れくさそうに笑いながら、私の頬をなでてくれた。



「熱があるからのどが渇くだろう。なんか飲む?」


「何でもいい、冷たいものなら」


「わかった」



冷蔵庫からペットボトルを一本とり出し、そばに来てくれたあたりからようやく意識がハッキリしてきた。

御木本さんは、寝ていた私を抱きかかえ、フタをとったペットボトルを手に握らせると、手を添えて口元まで運んでくれた。



「おいしい。生き返ったみたい」


「まったくだ、倒れたときは驚いたよ」


「倒れる瞬間は覚えてるけど、そのあとは……ベッドまで運んでくれたんだ。重かったでしょう」


「梨香子、痩せたんじゃないか」


「痩せたかも……ねぇ、どうしてきたの?」


「また聞くんだ」


「だって……」



ベッドの縁に腰掛けて私の体を抱えながら、御木本さんは窓の外へと視線を向けた。

握ってくれた指がひんやりと気持ちいい。



「まだ熱があるね。話はあとで」


「まだいてくれるの?」


「いるよ。こんな病人ほっとけない。だから寝ろ」


「うん……」



食べたい物があるかと聞かれ、アイスクリームが欲しいと答えた。

「わかった、コンビニまで出かけてくる」 そう言って、優しい笑みを見せて玄関を出て行った。

ちゃんと帰ってくるよね……

ちょっぴり不安を抱えながら、私は言われたとおり目を閉じた。





ガサガサと袋の音に目が覚めた。

目を閉じただけのつもりが、御木本さんが帰ってきたのも気がつかないくらい寝入っていたようだ。



「アイス、食うか?」


「うん、食べたい」



いったん冷蔵庫にしまったアイスクリームを取り出し、目の前に並べる。



「どっちがいい?」


「バニラ」



さっきと同じように私の体を起こして抱きかかえ、後から支えてくれた。

カップを私の頬に押し当てて 「きゃー冷たい」 と顔をしかめるのを見届けてから手渡してくれた。



「どうしてここにいるのかって、聞いたよな」


「だって、まさか東京から来てくれるなんて思わないじゃない。 

昨日も聞いたような気もするけど、覚えてないって言うか、ちゃんと聞きたいって言うか……」


「電話を切ってから考えた。梨香子がいなくなるんだと思ったら、いてもたってもいられなくて、みっともないくらい慌てた」


「そんなことないよ。ここにいるのに」


「冬は……その頃いないかもって、そう言ったじゃないか。 

帰ってきたら、ここには梨香子がいる。ずっと変わらずに俺を迎えてくれるって思ってたのに」


「自分は東京に行って、私の行くところはなくなったのに、御木本さんって勝手ね」


「だよな、勝手だよ。だけど、電話をすればいつでも俺の話を聞いてくれるんだって 信じてた」


「アナタの話、聞いたじゃない。私、いつも聞いてばっかりだったけど」


「そうだった、聞いてもらうばかりだった。だから慌てたんだ。 

梨香子が他のヤツと付き合うなんて、考えもしなかった」



抱えた腕に少し力が込められた。

こんな風に抱いて話をしてくれたことなかったわね。

また熱が上がりそう……

カップの中のアイスクリームを多めにすくって、口の中に放り込んだ。

俺にもって後から声がして、御木本さんの口にもスプーンを運ぶ。

「うまい」 って声に 「もうあげない」 と意地悪を言うと 「ケチ」 と即座に返ってきた。

そばにいて、こんな風に話がしたいの。

アナタとずっと……

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