月下の幻影


 和成が月を見上げた。
 月海は見逃さないように固唾を飲んで見つめる。

 月を見つめて目を細めると和成は口を開いた。
 和成の唇が言葉を紡ぎ出す。


————アイシテイマス————


 一言発した後、和成は目を閉じて幸せそうに微笑んだ。
 その笑顔が月海の視界の中で、どんどん滲んでいく。
 見開かれた月海の目から涙があふれた。

 あの言葉が誰に向けて発せられた言葉かすぐにわかった。
 和成は夜ごと亡き妻に向かい愛を語っていたのだ。

 塔矢との勝負に挑むまでもなく、最初から結果はわかってしまった。

 敵うわけがない。
 思い出の中で日ごとに輝きを増していく人に、彼の意識の外にいる今を生きる自分が。

 次から次へと涙があふれ、止まらなくなった。

 月海は和成が立ち去った後も、しばらく木の上で泣き続けた。

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