製菓男子。
「ツバサも、僕も、藤波さんのせいで不幸になんかなってないよ」
「どうしてそれが、わかるんですか?」


消え入るような声だった。
線香の煙のような、聞き逃してしまいそうな声。
耳をこらしておいてよかった。


「わたしが触れなかったら、こうならなかったかもしれないじゃないですか」
「藤波さんが触れなかったら、リコが運ばれていたかもしれない。そっちの方がツバサにとって不幸じゃないの?」


揚げ足を取るようでわるかったと思う。
藤波さんはあからさまに傷ついた顔をして、水風船が針で割れたように、涙が瞳に浮かんだ―――その涙を拭う手段が、今の僕ではわからない。
全てが気休めに聞えてしまうだろうから。


おそらく藤波も、あのとき、同じだったのだろうと思う。
だから実兄でも、彼女の涙を止められず、おろおろしていた。
藤波さんに会って一ヶ月くらいの僕に、なにができるだろう。


「“かもしれない”論じゃ、なにも解決しないよ」


藤波さんはいつのまにか目の前に現れた、ミツキに涙を拭われている。
藤波さんが働き出してから、ミツキはハンカチを常備するようになった。


「ゼンは俺の車の方が乗りやすいだろ。それ乗って救急車追え。俺はエイタに車を返しつつチヅルちゃんを送ってくから」


交換と言ってミツキは鍵を突き出した。




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