製菓男子。
ゴールデンウィーク後半戦の四日。
僕やミツキの予想は当たって、時刻は五時を回っている。
もしかしたら明日は閉店しても品物が残ってしまうかもしれない。


そんなことを考えながら、明日のためのシフォンケーキを焼く。
上質の北海道産の大納言が手に入ったから、塩漬けした桜と一緒に加えてみた。
大納言のしっとりした食感と控えめな甘さが桜の風味とあわさって、急ぎ足ですぎ去った春の味を蘇らせる。


オーブンで型に入れられた生地が山のように盛り上がっていく。
その様はいつ見ても感動するのだが、今日はどこか気分がそぞろで、気を抜くと焼き加減を間違えてしまいそうだ。


「ゼン、悩み?」


目がわるいわけではないのに、ミツキは眼鏡をかけている。
事務仕事は全てミツキに任せているのだが、それを行うときはいつも眼鏡。
どうやらオンとオフの切り替えをするように、作り手と事務の顔を使いわけるためらしいが、ほとんど変わらないような気がする。
ミツキはミツキのままだ。


ミツキは簡易的に置かれている椅子に座って、レジ台でパソコンを広げている。


「もしかして柏餅のことだったりするか?」
「柏餅?」
「昨日気にしてたろ、和菓子店に負けるってさ」
「そうだっけ?」


昨日の会話で思い出せるのは、藤波さんと行った書店のことだけだ。
僕が言葉不足のせいで、彼女を泣かせてしまっている。
送っていった車中でも「涙腺が弱くてごめんなさい」と、藤波さんは謝罪を繰り返していた。


その藤波さんは店の外で掃き掃除をしている。
閉店時間が早かったら、僕も手伝えたのに。
そうしたら昨日の釈明ができたかもしれない。
< 93 / 236 >

この作品をシェア

pagetop