あの猫を幸せに出来る人になりたい

おまけ5

 夏休みの登校日。

 花が登校して席に着くと、友人が近づいて来る。

「ねえねえ、花ってさ二年の倉内先輩と知り合いだよね?」

「ああ、うん、そう」

「こないだの縁日でさ、すっごい金髪美人と一緒に腕組んで歩いてたんだって。超美男美女だったみたいで、すっごい写メ撮られまくったらしいよ」

 ほいと差し出されるスマホ画面に映る、並んでいる倉内とエリーズ。その奥に、花の浴衣の端がちらっと映っている。

 花はちょっと驚いた。はしゃぎまくるエリーズを追いかけるので一生懸命で、周囲の目など気にしてもいなかったからだ。

「その子、従妹だよ。夏休みだから遊びに来てるって」

「やっぱり! 親戚じゃないかなーって言ってたのよ。倉内先輩ってハーフだから。やっぱ美形の親戚も美形で、目の保養だよねえ」

 スマホを自分の方に向け直して、友人が見とれたようにほぉっとため息をつく。うんうんと花も頷いていた。そして、ちょっとだけ良かったと思った。

 あの二人の放つ光が強すぎて、一緒にいた花は他の人の視界に入っていなかったようなのだ。確かに金髪娘がいたら、そっちに意識が集中してしまうだろう。

 そういえば縁日の時に、倉内もデジカメで写真を撮っていたと思い出す。エリーズが来日していた記念に、どれか一枚、写真をもらえないか倉内に聞いてみようと花は思った。

 そんな登校日の朝のホームルームが始まる直前、携帯が震える。メールだった。

 確認するとその倉内からで、『この間の写真、印刷して持って来たんだけど。花さん、よかったら今日一緒に帰らない?』というもの。

 ナイスタイミング。

 花はおおと驚いて、そして喜んだ。すぐさま『ありがとうございます、靴箱のところで落ち合いましょう』と、返事を送ったらチャイムが鳴った。



 登校日は午前中で終わりなので、帰りのホームルームが終わったら、急いで花は教室を出る。あまり大勢に目撃されたいわけではない。年頃の男女が一緒に帰宅となると、いろいろ余計な噂の元になることくらいは、花だって分かっている。

 それは、向こうも同じなのだろう。最初の頃、倉内がゆっくり来るのではないかとドキドキしていたが、彼もダッシュで靴箱にやってきてくれたのだ。

 それを見た時、思わず「倉内先輩、ナイス!」と声をあげそうになった。一応我慢したが。

 そんな彼の呼び方も、いまや『楓先輩』に変わり、一緒にいるのにも随分慣れた気がする。どっちかというと、向こうが花に慣れてくれた気がするのだ。

 靴箱に駆けつけると、既に倉内は到着していて嬉しそうにこちらを見ている。

 慌てて靴を履き替え、「お待たせしました」と合流する。「ま、待ってない……大丈夫、だよ」と、最初のどもりを打ち消すように、倉内が後の言葉をゆっくりと紡ぐ。本当に素晴らしい進歩だと、花は思った。

 真昼の暑い日差しの下を、一緒に帰り始める。

 倉内に差し出された白い封筒を開けると、先日の縁日の写真が何枚も入っていた。エリーズと二人の写真、三人でふざけて、女二人で倉内の腕にくっついて撮った写真。あと、いつ撮られたか覚えていなかったが、花が一人で何を見ているのか分からないような写真まであった。本当にいつ撮られたのだろうと、少し恥ずかしくなる。

 他の人の写メの中では、空気に過ぎなかった花が、この印刷された世界では、ちゃんと彼らと同じ空間にいることがよく分かる。

 キラキラしている二人の横の、いつもは地味めな、でもこの日は浴衣で少しはマシな自分が映っているのを見ると、花は少し照れてしまった。

「ありがとうございます、写真たくさん、嬉しいです」

 お母さんに見せよう。そしてアルバムに貼ろうと考えながら、花は写真が飛んでしまわないように封筒にしまい、そして大事にカバンにしまった。

「エリーズも……本当に喜んでた。あ、あと一週間ほどで帰ってしまうから……お別れパーティをしようと思ってるんだけど、よ、よかったら……花さん……来ない?」

 夜にやる予定。父さんがちゃんと送迎してくれるから。花火とかもしようって考えてる。

 当日の予定を思い出し思い出し、倉内がひとつずつ言葉を紡いでいく。その顔が、とても一生懸命で、花は自然に嬉しくなっていた。

 従妹のために、苦手な言葉を尽くそうと頑張る倉内の姿は、とても好ましいものに見えたのだ。

「日付と時間を、後でメールしてもらえますか? それで母と相談してみますから」

「分かった」

 必ず送るという、強い意思を感じる頷き。

 だんだん、倉内楓が男らしくなってきた気がした。



 家に帰った花が、写真の封筒を母に見せた時。

「あ、これはお父さんには見せない方がいいわね」と言われた。

 倉内の左腕にエリーズが抱きつき、右腕に花が手をかけている例の写真だった。

「エリーズに目がいって、私が何してるか気づかない、とかないかな?」

 思わず、花がそう言うと。

「ないない。お父さんにとっては、花が一番。他の子を見るのは後回しよ」と笑われた。

 それはまあ、そうか。

 花も納得して、他の写真は封筒ごと置いて、問題の一枚だけ持って部屋に戻る。

 ごろんとベッドに転がって、その写真を眺める。

 自分を見たり、エリーズを見たり倉内を見たり。

 でも、気がついたら──倉内の右腕にかけている自分の手を見てしまう。

 ちょっと大胆過ぎたかなあ。


 お父さんに見せられない写真が、生まれて初めて出来てしまった花だった。



『終』
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