8月6日の選択肢
――7月29日――
朝、いつものように登校すれば、鳴海がおはよ、と声を掛けてきて、それにおはようといつも通り返す。クラスメイト達にも朝の挨拶をして席についた。しかし・・・私はある違和感に気づく。それは決して良いものじゃなくて。何か、鋭く突き刺さるような視線を感じてそっと顔を上げれば―――教室の隅で、天宮さんは私をじっと見ていた。
「・・・っ、」
なんで、いるの・・・。私は顔を俯かせた。怖いと、思った。本当に私を殺すタイミングを伺っているんじゃないのかと思わずにはいられない。
「華織・・・?顔色悪いで、平気か?」
「う、うん。私、ちょっと保健室行ってくる」
「・・・送る」
鳴海は心配そうに顔を歪めて、私の腕を引いた。私は鳴海に引っ張られるがまま、保健室にたどり着いた。
「大丈夫か?ちゃんと休むんやで」
「ふふ、先生が見ているから大丈夫よ、西山くん。またお昼休みにでも一之瀬さんに会いに来なさい」
まるで保護者のように私に言い聞かせる鳴海に、保健の先生は可笑しそうに笑った。その光景に私も思わず吹き出してしまった。
鳴海が去った後、保健の先生に寝てなさいね、と促され、私は静かに目を閉じた。ああ、あの気分の悪さはどこへやら、私はすっかり回復してきていた。・・・ある声に起こされるまでは。

「一之瀬さん、一之瀬さん。起きて」

・・・!この声・・・!
「あ、天宮さん・・・っ」
「ふふふ、おはよう」
嫌だ。怖い。切れ長の目が静かに細められる。
「ね、私があなたを見ていたの、気づいた?」
やっぱり見られていたのか。小さく頷けば天宮さんはまた楽しそうにころころと笑った。
「あなた、私があなたを殺そうと思って、タイミングを伺ってると思ってるでしょう」
「っ、なに、言って・・・」
「そんな怯えなくても良いのよ。―――私は実際に過ごした7月29日と同じ行動をしているのだから」
は・・・?私には、その言葉が理解できなかった。だって、私には今まで天宮さんとの関わりはなかった。だから、天宮さんが日常的に私を見ているなんておかしい。やり直しをしている今ならまだしも。

「私はね、あなたをずーっと見てたのよ」

背筋が凍りつくようだった。大きな恐怖と、重苦しい憎悪がのしかかる。人形のように笑う彼女から放たれる気のようなものは、酷く邪悪で。その憎悪などは全て私に向けられていて。私はじり、と後ずさった。
「あなたが"おはよう"って言うとね、西山くんはすぐにあなたの元に掛けていくわ。クラスのみんなも、あなたにおはようを言いに席を立つ。でも私は近づけない。私はみんなに嫌われてるから。私があなたに近づいたら、みんなが私を鋭く睨む。でもあなたは、そんな私と話してくれた事があったのよ。覚えている?」
つらつらと語る天宮さんに首を横に振ると、天宮さんはでしょうね、と少し悲しそうに眉を下げた。
「入り口の近くにいた私に、あなたは迷わずおはようと言ってくれた。誰も、近づかない私に、みんなが大好きなあなたが」
そういえば噂で聞いたことがある。"天宮美月は変人だから、近寄らないほうが良いよ"なんて噂。とてもくだらない噂でも、一度広まってしまえば定着してしまう。誰もが彼女ときちんと話もせずに変人だからと決め付ける。そうやって彼女は三年間、過ごしてきたんだ。私は噂を気にするタイプではない。でも、助けるタイプでもないんだ。
だからきっと、天宮さんだったからおはようと声を掛けたのではなく、ドアの前にいたから、クラスメイトだと思って挨拶したのだと思う。私はそこまで出来た人間ではないのだ。
「私、すごく嬉しかった。でもね、同時に憎くて憎くて堪らなかった」
「・・・どうして、それしか関わりのない私の事が憎いの?」
接点はたったそれだけ。それなのに私は、気分が悪くなるほどの憎悪や憎しみを向けられている。それがなぜなのかわからなかった。そして彼女は、私の質問にくすくすと笑う。
「だって、私が嫌われるようになったその引き金を、引いたのはあなただもの」
「え・・・・・・」
悪口は嫌いな性分で、言った覚えはない。彼女に直接何かしたわけでもない。私には全く見当がつかない。
「一年生の、7月28日の昼休みよ」
天宮さんに言われて、私はゆっくりとその日の事を思い出す。あれは確かあの日だ。
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