弁護士先生と恋する事務員
それから、先生は尊君のお父さんの事、不安に感じている事をうんうんとただ頷いて聞いた。


お父さんは家庭で、家族を恐怖心で支配するような存在であること。

お母さんや尊君が少しでもさからえば、長期間の無視や相手の全否定、

お金を渡さないぞと脅したり、時にはグラスや分厚い本を壁に投げつけたりする事もあるのだそう。


(どうやら、DVやモラハラを日常的にやっている人みたい。

お金も地位もある人だし、協議離婚は難しいかも…。)


たくさん心の内を吐き出した尊君は、話が終わるころにはすっかりやわらかな表情になっていた。

自分の言葉を真剣に聞いてくれて、受け止めてくれる大人がいるっていうことは
子供にとっては何よりも心強いことだろう。



遅くなったので、先生が家の近くまで尊君を送っていってあげる事になった。


「帰り支度するからちょっと待ってろよー。」


すっかり昔からの知り合いみたいな口調で先生は尊君に言う。

私はドアの前で、尊君と二人になった。


「少しは、不安がなくなったかな。」


尊君ははにかみながら、うん、と頷いた。


「あのね」


私は尊君の耳元に近寄って、ひそひそと話しかけた。



「剣淵先生はね、ああ見えてとっても優秀な先生なの。

弁護士っていう仕事に、誇りも情熱も持っている熱~い先生なの。

だから、きっと君の力になってくれるから、大丈夫。

一緒に、がんばろうね。」



尊君は私の言葉に、うん、うん、と真剣に相槌を打った。


「おっ、なに二人で内緒話ししてるんだ?」


支度を終えた先生が、私たちに近づいてそう言った。


「ふふ、尊君と私の秘密です。私、玄関まで送ります。」


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


「それじゃあ、さようなら。」


尊君は私を振り返って、ぺこりと頭を下げた。


「気をつけてね。」


私は二人に手を振って、その姿を見送った。




先生と尊君の影が、夕闇の中に溶けて消えていく。



風が街路樹をざわざわと揺らし


藍色の空には




きれいな三日月が二人を照らしていた。




*『うちのセンセイ』[1]剣淵光太郎法律事務所の一日/おしまい*
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