弁護士先生と恋する事務員


午前8時20分。


掃除を終えてから法律関係の本とにらめっこしていた私は
おもむろに立ち上がって窓際へと進む。

掃除の最中、棚に置いていたメガネをカチャリとかけて、窓から通りを眺めると…


(来た来た。)


カフェのマスターが…
じゃなくて、うちの先生、剣淵先生が歩いてくるのが見えた。


剣淵光太郎(けんぶち こうたろう)33歳独身。

身長183㎝、体重70キロ。
細身に見えるけれど胸板は広くスーツが良く似合う。


ソフトリーゼントにスキッと精悍な顔つき。
リーゼントといっても、いわゆる昔風のポマードべったりのアレではなく
前髪を緩めに上げ額を出し、サイドはタイトに押さえている。

ほんの少したくわえているあご髭は、大人の色気に溢れていて、先生にはよく似合っている。

日本人離れしているのにスッキリした顔立ちは、ヨーロッパ系のモデルみたい。
一見すると、近寄りがたいほどオトコマエな先生だ。


だけど――


商店街を歩きながら、花屋のバイトやらパン屋のお姉さんに声をかける姿は実に軽い。
風船より軽い。


「『よっ、ミナちゃん。今日もきれいだねえ。』
『やーだ、先生。おだてても何にも出ないわよぅ。』
『わっはっは』」


「『カオリちゃ~ん、どうしたの最近色っぽくなっちゃって。コレ、できた?』
『なんか先生が言うとやらしーい。教えなーい。』
『おっ、できたんだな?このやろっ』」


先生の言いそうな事なんて、二階の窓から見ているだけでもわかってしまう。


(あーあ、ニヤニヤしちゃってさ)


女の子を見れば声をかけずにはいられない性質らしい。

軽い先生の軽い言動は、当然のごとく女の子達に軽くあしらわれている。


それでも上機嫌で歩いている先生の後ろから
黒と白のモコモコがしっぽを振って追いかけてきた。


「『わっ、またお前か。食い物なんて持ってねえって。
シッシッ、あっち行けよ。』」


(アハハ、またパンダにつきまとわれてる。)


この商店街に住み着いていて、密かにみんなから可愛がられているブチ犬、パンダは(色んな名前で呼ばれているけど、私はこう呼んでいる)
最近すっかり先生が気に入って、まとわりついて離れない。

毎朝繰り返される一連のやりとりを見て
やれやれ、と私は苦笑する。


(見た目はいいのに中身がこれなんだから)


女好きで惚れっぽい。
熱血でマイペース。

カッコいいくせに
二枚目になりきれないのが
うちのセンセイ。


そんなセンセイの観察をするのが

伊藤詩織(いとう しおり)23歳、

私の一番の楽しみだったりする。
 
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