「よう、詩織。今日も早いな。」


事務所の扉が開くと同時に、先生の低い声が飛びこんでくる。


「おはようございます。」


先生が来る時間に合わせてコーヒーを落とすから
事務所の中は香ばしい香りでいっぱいになっていた。


「おー、いい匂いすんな。」


熊みたいに、鼻をクンクンさせる先生。
その顔を見て、ちょっとかわいいな、なんて思ったりする。


「法律の勉強してたのか。真面目だなあ、お前は。」


二カッと笑った先生が、大きな掌で私の前髪をくしゃくしゃと撫でる。
こんな事を、誰かれ構わず平気でやっちゃうのが先生だ。


「わっ、ちょっと先生… このヘアスタイルキメるのに何時間かけたと思ってるんですかっ」

(……って、本当は10分もかかってないけど)


照れくさくて、怒ったふりをしてしまう私。
我ながら、コドモだなあって思うんだけど。


「このおかっぱ頭にか?3分ぐらいだろ」

「…おかっぱじゃなくて、ボブです。」

「ははは、そーかそーか。」


先生は気にした風もなく、自分のデスクに座り、新聞を広げる。
いつもこんな調子で、私なんてまるっきり子供扱いなんだ。

私は淹れたてのコーヒーを先生の元へ運んだ。


「コーヒーどうぞ。」

「サンキュ…」


新聞から目を離さず、カップに手を伸ばす。
先生の睫毛って長いなあ、なんてちょっと見惚れる。


「えーと、今日の予定は過払い請求の相談が二件、離婚相談が一件、午後から……」

「あーあー。そんな固い話は後後。こっち来て、一緒にコーヒー飲もうぜ。」


先生が顔を上げ、隣の席のイスを自分の横に引っ張ってきて、座面をポンポンと叩く。


「詩織の朝一番の仕事は、俺とコーヒーを飲むことだって言ったろ?」

「……はい。」


コーヒーをすすりながら、下から私をちろりと見上げるような目つきがどうにも色っぽい。

私にしたら、心臓がドキンとするようなセリフも
先生は平気で言ってくれちゃう。




天井まで続くガラスブロックの壁から、淡い光が差し込んでいる。


ソフトフォーカスがかかったやわらかな風景の中に

先生のやさしい笑顔が浮かび上がる。


頬がカアッと熱くなるのを感じて、慌てて少し、下を向く。


こういう時、メガネは便利だ。



私の心、ちゃんと隠してくれているかな。

 

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