弁護士先生と恋する事務員
そんなやりとりをしていたら

スッと机の横に人が立つ気配を感じた。


「伊藤さん、依頼主に書類請求、終わった?」


見ると安城先生が私を見下ろしていた。
薄くほほ笑んでいるけれど、目の奥は冷たく光っている。


(う… やっぱりこの人、苦手)


それを確認するだけならデスクから声をかければ済む話なのに
わざわざ私の横に来て上から見下ろすなんて…


(この先生、絶対インケンだよ~)


たぶん、私と柴田さんがおしゃべりしているのを見て、
頼まれた仕事をまだやっていないと思っているのだろう。


「電話で伝えました。今日の夕方取りに来て、明日の午後3時までには、書類を作成して渡してくれるそうです。」


どうだ、言われた事なんてまっ先にちゃんとやってるんだゾ!

という気持ちを隠して、淡々と答える。


「そ。じゃあ引き続きよろしく。」


何事もなかったようにしれっとした顔で席に戻る安城先生。

安城先生から感じる敵意のような物は日に日にはっきりと形をあらわしていく。


(私なんかやらかしたっけなー??)


なんだか腹がたつけれど、あちらは新米とはいえ弁護士先生。
私は法律の事もよく知らない、一般事務員。
やり合おうと思っても完全に分が悪い。


(とにかく、弱みを見せないようにしようっと。)


私は、昼休みになったら吉田青果店のおじちゃんからイチゴをもらえる事を励みに、仕事に集中した。
 
< 9 / 162 >

この作品をシェア

pagetop